軽い足取りで食堂に行くと、既に子供达は朝食を前にして、行仪よく座っていた。そして子供达に混って、直子さんや香月君、奈津江さんらの姿が见える。一早く俺の姿を见つけた子が、「あっ、ケイサツのお兄さんだ」と言って、小さな手をぎこちなく振ってくれた。 俺が、一番手前の空席に腰を下ろすのを见届けると、小堀园长が、「いただきます」と手を合わせ、皆も続いて「いただきます」と、食事を始めた。途端に背后で、食器をひっくり返す音がして、振り返って见るとスープを膝の上にぶちまけた子供が、けん命に立ち上ろうとしているところだった。「あらあら、次郎ちゃん大丈夫?」 即座に奈津江さんが、タオルを持って駆けつけた。こういう场合を考えて、スープはあまり热くない。子供が火伤する危険性が高いからだ。奈津江さんは驯れた手つきでズボンを穿きかえさせると、テーブルの上をきれいに拭き、スープをよそってあげた。小言ひとつ言ったりしない。ここではこんな事は日常茶饭事であり、その为に彼らが居るのだから。奈津江さんだけでなく、直子さんにしろ、香月君にしろ食事时间をゆっくり楽しんでいるのを、俺はこの一年见たことがない。勿论そんなこと覚悟の上だろうが、俺にはとても真似できない。立派だと思う。 义手を使って、けん命にパンにかじりつこうとしている子がいる。当然、谁も手伝ってやりはしない。しかし彼らはいつも见守っている。やさしく见守って、见事パンにかじりついた时には、心から喜ぶ。それが直子さん达の生きがいなのだろう。 一时间程の悪戦苦闘の末、ようやく全ての子供が食事を终えた。直子さん达も、いつの间にか食器を空にしている。流石はプロだ。 小堀园长の「ごちそうさまでした」で、朝食は何とか终わった。子供达は教员に导かれながら、部屋に戻っていった。「落ち着かんだろう。たまの避番に、ゆっくり朝食も食えなかったんじゃないか」 食后の一服を楽しんでいると、园长が声をかけてきた。食事中もしくは、子供达が食堂に居る时は、禁烟ということになっている。「いえ、もう惯れました。ここへ来て一年になりますから」「そうかい、もう一年になるかね。早いもんだね」「本当に冲田の叔父には感谢してるんですよ。こんな良い所へ住ませてもらって」「感谢するのはこっちだよ。素晴らしいガードマンを派遣してもらったんだから」「そう言えば、今日は冲田さん达がお见えになる日でしたわね」 いつの间にか、奈津江さんが戻って来ていた。手に子供の汚れた下着を持っている。「今日叔父达が?そうか今日は五日だな」 この『明爱园』を経営しているのが、俺の叔父である、冲田明彦なのだ。病院を二つ持っている大金持ちである、と言えば相当甲斐性がある様に思えるが、一つは祖父が建てた『冲田病院』で、もう一つは奥さんの爱子夫人の御父上が兴した『花城外科病院』を后継したものだから、大したことはない。 しかし豊富な财力の持ち主であることに変わりはない。叔父はあり余る金を、最も素晴らしいことに使った。すなわち、この『明爱园』を建てたのだ。この経纬を说明するには、叔父夫妇の一人娘である、理砂のことに触れなければならない。 理砂は生れて此方、自分の足で立ったことがない。详しいことは、あまり话したがらないので分からないが、叔父は父亲として医者として、あらゆる手を尽くした。しかし非情な运命は、とうとう理砂を车イスから立ち上がらせなかった。 こうして叔父は数年前、身体障害児の为の『明爱园』を设立したのである。爱子夫人に异论のあるはずはなかった。叔父はその时、「自分の娘の身体も直せない私が医者だなんて、おこがましいと思わないかい?この明爱园は私の忏悔なのだよ」と、告白する様に言った。俺は心の底から感动したことを、今も忘れていない。 明爱园は他の身体障害児施设とは、いろいろと异なる。まず他より小规模で、20床しかない。また他では、肢体不自由児施设と盲・ろうあ児施设とに区别されているが、ここは肢体が不自由な子も、眼や耳が不自由な子もいる。ただし皆、七才以下である。理由は简単だ。その顷には皆が、一般の小学校へ通える位にはなっているからだ。 身体障害児にコンプレックスを持たせずに、不自由なく生活が営めるようにさせる--これが明爱园の目的なのである。 その设立者の叔父は、毎月五日十五日二十五日に、子供达の诊察を兼ねて、様子を见に来るのだ。「叔父さんに逢うのは久し振りだな。ずっと仕事が忙しかったから」「この间お见えになった时も、たしか津村さんはお帰りになりませんでしたわね」「そうだったかな」「ええ、次の日の夜に帰って来られたんですわ。署に泊まったって、おっしゃってました」 奈津江君は细かいことでもよく覚えている。そう言われれば、たしかにそうだった。「叔父さんがここに来るのは何时顷かな?」「いつも大抵お昼过ぎですから、一时顷じゃないかしら」「一时か、それじゃ少し时间があるな」「部屋のそうじでもしたらどうですか?香月さんの话だとかなり乱れているらしいですから」 奈津江君はそう言ってクスッと笑った。