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【转自qq部落】日本名家名篇-《南京の基督》

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或秋の夜半であつた。南京ナンキン奇望街きばうがいの或家の一间には、色の苍あをざめた支那の少女が一人、古びた卓テエブルの上に頬杖をついて、盆に入れた西瓜すゐくわの种を退屈さうに噛み破つてゐた。
卓テエブルの上には置きランプが、うす暗い光を放つてゐた。その光は部屋の中を明くすると云ふよりも、宁むしろ一层阴欝な効果を与へるのに力があつた。壁纸の剥はげかかつた部屋の隅には、毛布のはみ出した籐とうの寝台が、埃臭さうな帷とばりを垂らしてゐた。それから卓テエブルの向うには、これも古びた椅子が一脚、まるで忘れられたやうに置き舍ててあつた。が、その外は何処を见ても、装饰らしい家具の类なぞは何一つ见当らなかつた。


来自手机贴吧1楼2015-07-30 12:59回复
    少女はそれにも関らず、西瓜の种を噛みやめては、时々凉しい眼を挙げて、卓の一方に面した壁をぢつと眺めやる事があつた。见ると成程その壁には、すぐ鼻の先の折れ钉に、小さな真鍮しんちゆうの十字架がつつましやかに悬つてゐた。さうしてその十字架の上には、稚拙ちせつな受难の基督キリストが、高々と両腕をひろげながら、手ずれた浮き雕の轮廓を影のやうにぼんやり浮べてゐた。少女の眼はこの耶苏ヤソを见る毎に、长い睫毛まつげの后の寂しい色が、一瞬间何処どこかへ见えなくなつて、その代りに无邪気な希望の光が、生き生きとよみ返つてゐるらしかつた。が、すぐに又视线が移ると、彼女は必かならず吐息を泄らして、光沢つやのない黒繻子くろじゆすの上衣の肩を所在なささうに落しながら、もう一度盆の西瓜の种をぽつりぽつり噛み出すのであつた。
    少女は名を宋金花そうきんくわと云つて、贫しい家计を助ける为に、夜々よなよなその部屋に客を迎へる、当年十五歳の私窝子しくわしであつた。秦淮しんわいに多い私窝子の中には、金花程の容貌の持ち主なら、何人でもゐるのに违ひなかつた。が、金花程気立ての优しい少女が、二人とこの土地にゐるかどうか、それは少くとも疑问であつた。彼女は朋辈の売笑妇と违つて、嘘もつかなければ我尽わがままも张らず、夜毎に愉快さうな微笑を浮べて、この阴欝な部屋を访れる、さまざまな客と戯れてゐた。さうして彼等の払つて行く金が、稀に约束の额より多かつた时は、たつた一人の父亲を、一杯でも余计好きな酒に饱かせてやる事を楽しみにしてゐた。


    来自手机贴吧2楼2015-07-30 12:59
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      かう云ふ金花の行状は、勿论彼女が生れつきにも、拠つてゐるのに违ひなかつた。しかしまだその外に何か理由があるとしたら、それは金花が子供の时から、壁の上の十字架が示す通り、殁なくなつた母亲に教へられた、罗马加特力教ロオマカトリツクけうの信仰をずつと持ち続けてゐるからであつた。
      ――さう云へば今年の春、上海シヤンハイの竞马を见物かたがた、南部支那の风光を探りに来た、若い日本の旅行家が、金花の部屋に物好きな一夜を明かした事があつた。その时彼は叶巻を衔くはへて、洋服の膝に軽々と小さな金花を抱いてゐたが、ふと壁の上の十字架を见ると、不审らしい颜をしながら、
      「お前は耶苏教徒かい。」と、覚束おぼつかない支那语で话しかけた。


      来自手机贴吧3楼2015-07-30 13:00
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        「ええ、五つの时に洗礼を受けました。」
        「さうしてこんな商売をしてゐるのかい。」
        彼の声にはこの瞬间、皮肉な调子が交つたやうであつた。が、金花は彼の腕に、鸦髻あけいの头を凭もたせながら、何时もの通り晴れ晴れと、糸切歯の见える笑を泄らした。
        「この商売をしなければ、阿父様おとうさんも私も饿ゑ死をしてしまひますから。」
        「お前の父亲は老人なのかい。」
        「ええ――もう腰も立たないのです。」
        「しかしだね、――しかしこんな稼业をしてゐたのでは、天国に行かれないと思やしないか。」
        「いいえ。」
        金花はちよいと十字架を眺めながら、考深さうな眼つきになつた。
        「天国にいらつしやる基督様は、きつと私の心もちを汲みとつて下さると思ひますから。――それでなければ基督様は姚家巷えうかかうの警察署の御役人も同じ事ですもの。」
        若い日本の旅行家は微笑した。さうして上衣の隠しを探ると、翡翠ひすゐの耳环を一双さう出して、手づから彼女の耳へ下げてやつた。
        「これはさつき日本へ土产みやげに买つた耳环だが、今夜の记念にお前にやるよ。」――
        金花は始めて客をとつた夜から、実际かう云ふ确信に自ら安んじてゐたのであつた。


        来自手机贴吧4楼2015-07-30 13:01
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          「天国にいらつしやる基督様は、きつと私の心もちを汲みとつて下さると思ひますから。――それでなければ基督様は姚家巷えうかかうの警察署の御役人も同じ事ですもの。」
          若い日本の旅行家は微笑した。さうして上衣の隠しを探ると、翡翠ひすゐの耳环を一双さう出して、手づから彼女の耳へ下げてやつた。
          「これはさつき日本へ土产みやげに买つた耳环だが、今夜の记念にお前にやるよ。」――
          金花は始めて客をとつた夜から、実际かう云ふ确信に自ら安んじてゐたのであつた。
          所が彼是かれこれ一月ばかり前から、この敬虔けいけんな私窝子しくわしは不幸にも、悪性の杨梅疮やうばいさうを病む体になつた。これを闻いた朋辈の陈山茶ちんさんさは、痛みを止めるのに好いと云つて、鸦片酒あへんしゆを饮む事を教へてくれた。その后又やはり朋辈の毛迎春まうげいしゆんは、彼女自身が服用した汞蓝丸こうらんぐわんや迦路米かろまいの残りを、亲切にもわざわざ持つて来てくれた。が、金花の病はどうしたものか、客をとらずに引き笼つてゐても、一向快方には向はなかつた。
          すると或日陈山茶が、金花の部屋へ游びに来た时に、こんな迷信じみた疗法を尤もつともらしく话して闻かせた。
          「あなたの病気は御客から移つたのだから、早く谁かに移し返しておしまひなさいよ。さうすればきつと二三日中に、よくなつてしまふのに违ひないわ。」
          金花は頬杖ほほづゑをついた尽、浮かない颜色を改めなかつた。が、山茶の言叶には多少の好奇心を动かしたと见えて、
          「ほんたう?」と、軽く闻き返した。
          「ええ、ほんたうだわ。私の姉さんもあなたのやうに、どうしても病気が愈なほらなかつたのよ。それでも御客に移し返したら、ぢきによくなつてしまつたわ。」
          「その御客はどうして?」
          「御客はそれは可哀さうよ。おかげで目までつぶれたつて云ふわ。」
          山茶が部屋を去つた后、金花は独り壁に悬けた十字架の前に跪ひざまづいて、受难の基督を仰ぎ见ながら、热心にかう云ふ祈祷きたうを捧げた。


          来自手机贴吧5楼2015-07-30 13:02
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            「天国にいらつしやる基督様。私は阿父様おとうさまを养ふ为に、贱いやしい商売を致して居ります。しかし私の商売は、私一人を汚す外には、谁にも迷惑はかけて居りません。ですから私はこの尽死んでも、必かならず天国に行かれると思つて居りました。けれども唯今の私は、御客にこの病を移さない限り、今までのやうな商売を致して参る事は出来ません。して见ればたとひ饿ゑ死をしても、――さうすればこの病も、愈るさうでございますが、――御客と一つ寝台に寝ないやうに、心がけねばなるまいと存じます。さもなければ私は、私どもの仕合せの为に、怨うらみもない他人を不仕合せに致す事になりますから。しかし何と申しても、私は女でございます。いつ何时なんどきどんな诱惑に陥らないものでもございません。天国にいらつしやる基督様。どうか私を御守り下さいまし。私はあなた御一人の外に、たよるもののない女でございますから。」
            かう决心した宋金花は、その后山茶や迎春にいくら商売を勧められても、刚情に客をとらずにゐた。又时々彼女の部屋へ、なじみの客が游びに来ても、一しよに烟草でも吸ひ合ふ外に、决して客の意に従はなかつた。
            「私は恐しい病気を持つてゐるのです。侧へいらつしやると、あなたにも移りますよ。」
            それでも客が酔つてでもゐて、无理に彼女を自由にしようとすると、金花は何时もかう云つて、実际彼女の病んでゐる证拠を示す事さへ惮はばからなかつた。だから客は彼女の部屋には、おひおひ游びに来ないやうになつた。と同时に又彼女の家计も、一日毎に苦しくなつて行つた。……
            今夜も彼女はこの卓テエブルに倚よつて、长い间ぼんやり坐つてゐた。が、不相変あひかはらず彼女の部屋へは、客の来るけはひも见えなかつた。その内に夜は远虑なく更ふけ渡つて、彼女の耳にはひる音と云つては、唯何処どこかで鸣いてゐる蟋蟀こほろぎの声ばかりになつた。のみならず火の気のない部屋の寒さは、床に敷きつめた石の上から、次第に彼女の鼠繻子ねずみじゆすの靴を、その靴の中の华奢きやしやな足を、水のやうに袭つて来るのであつた。
            金花はうす暗いランプの火に、さつきからうつとり见入つてゐたが、やがて身震ひを一つすると翡翠ひすゐの轮の下つた耳を掻いて、小さな欠伸あくびを噛み杀した。すると殆ほとんどその途端に、ペンキ涂りの戸が势よく开いて、见惯みなれない一人の外国人が、よろめくやうに外からはひつて来た。その势が烈しかつたからであらう。卓テエブルの上のランプの火は、一しきりぱつと燃え上つて、妙に赤々と煤すすけた光を狭い部屋の中に涨みなぎらせた。客はその光をまともに浴びて、一度は卓の方へのめりかかつたが、すぐに又立ち直ると、今度は后へたじろいで、今し方しまつたペンキ涂りの戸へ、どしりと背を凭もたせてしまつた。
            金花は思はず立ち上つて、この见惯れない外国人の姿へ、呆気あつけにとられた视线を投げた。客の年顷は三十五六でもあらうか。缟目のあるらしい茶の背広に、同じ巾地きれぢの鸟打帽をかぶつた、眼の大きい、顋髯あごひげのある、頬の日に焼けた男であつた。が、唯一つ合点の行かない事には、外国人には违ひないにしても、西洋人か东洋人か、奇体にその见分けがつかなかつた。それが黒い髪の毛を帽の下からはみ出させて、火の消えたパイプを衔くはへながら、戸口に立ち塞ふさがつてゐる有様は、どう见ても泥酔した通行人が戸まどひでもしたらしく思はれるのであつた。


            来自手机贴吧6楼2015-07-30 13:02
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              「何か御用ですか。」
              金花は稍やや无気味な感じに袭おそはれながら、やはり卓テエブルの前に立ちすくんだ尽、诘なじるやうにかう寻ねて见た。すると相手は首を振つて、支那语はわからないと云ふ相図をした。それから横衔へにしたパイプを离して、何やら意味のわからない滑なめらかな外国语を一言ひとこと泄らした。が、今度は金花の方が、卓の上のランプの光に、耳环の翡翠ひすゐをちらつかせながら、首を振つて见せるより外に仕方がなかつた。
              客は彼女が当惑らしく、美しい眉をひそめたのを见ると、突然大声に笑ひながら、无造作に鸟打帽を脱ぎ离して、よろよろこちらへ歩み寄つた。さうして卓テエブルの向うの椅子へ、腰が抜けたやうに尻を下した。金花はこの时この外国人の颜が、何时いつ何処どこと云ふ记忆はないにしても、确に见覚えがあるやうな、一种の亲しみを感じ出した。客は无远虑に盆の上の西瓜の种をつまみながら、と云つてそれを噛むでもなく、じろじろ金花を眺めてゐたが、やがて又妙な手真似まじりに、何か外国语をしやべり出した。その意味も彼女にはわからなかつたが、唯この外国人が彼女の商売に、多少の理解を持つてゐる事は、胧おぼろげながらも推测がついた。
              支那语を知らない外国人と、长い一夜を明す事も、金花には珍しい事ではなかつた。そこで彼女は椅子にかけると、殆ほとんど习惯になつてゐる、爱想の好い微笑を见せながら、相手には全然通じない冗谈じようだんなどを云ひ始めた。が、客はその冗谈がわかるのではないかと疑はれる程、一言二言しやべつては、上机嫌の笑ひ声を挙げながら、前よりも更に目まぐるしく、いろいろな手真似を使ひ出した。
              客の吐く息は酒臭かつた。しかしその陶然と赤くなつた颜は、この索寞さくばくとした部屋の空気が、明あかるくなるかと思ふ程、男らしい活力に溢あふれてゐた。少くともそれは金花にとつては、日顷见惯れてゐる南京の同国人は云ふまでもなく、今まで彼女が见た事のある、どんな东洋西洋の外国人よりも立派であつた。が、それにも関らず、前にも一度この颜を见た覚えのあると云ふ、さつきの感じだけはどうしても、打ち消す事が出来なかつた。金花は客の额に悬つた、黒い卷き毛を眺めながら、気軽さうに爱娇あいけうを振り撒く内にも、この颜に始めて遇あつた时の记忆を、一生悬命に唤よび起さうとした。
              「この间肥つた奥さんと一しよに、画舫ぐわばうに乗つてゐた人かしら。いやいや、あの人は髪の色が、もつとずつと赤かつた。では秦淮しんわいの孔子様の庙べうへ、写真机を向けてゐた人かも知れない。しかしあの人はこの御客より、年をとつてゐたやうな心もちがする。さうさう、何时か利渉桥りせふけうの侧の饭馆はんくわんの前に、人だかりがしてゐると思つたら、丁度この御客によく似た人が、太い籐とうの杖を振り上げて、人力车夫の背中を打つてゐたつけ。事によると、――が、どうもあの人の眼は、もつと瞳が青かつたやうだ。……」
              金花がこんな事を考へてゐる内に、不相変あひかはらず愉快さうな外国人は、何时かパイプに烟草をつめて、匂の好い烟を吐き出してゐた。それが急に又何とか云つて、今度はおとなしくにやにや笑ふと、片手の指を二本延べて、金花の眼の前へ突き出しながら、?と云ふ意味の身ぶりをした。指二本が二弗ドルと云ふ金额を示してゐることは、勿论谁の眼にも明かであつた。が、客を泊めない金花は、器用に西瓜の种を鸣らして、否と云ふ印に二度ばかり、これも笑ひ颜を振つて见せた。すると客は卓テエブルの上に横柄な両肘を凭もたせた尽、うす暗いランプの光の中に、近々と酔颜をさし延ばして、ぢつと彼女を见守つたが、やがて又指を三本出して、答を待つやうな眼つきをした。
              金花はちよいと椅子をずらせて、西瓜の种を含んだ尽、当惑らしい颜になつた。客は确に二弗の金では、彼女が体を任せないと云つたやうに思つてゐるらしかつた。と云つて言叶の通じない彼に、立ち入つた仔细しさいをのみこませる事は、到底出来さうにも思はれなかつた。そこで金花は今更のやうに、彼女の軽率を后悔しながら、凉しい视线を外へ転じて、仕方なく更にきつぱりと、もう一度头を振つて见せた。
              所が相手の外国人は、暂しばらくうす笑ひを浮べながら、ためらふやうな気色を示した后、四本の指をさし延ばして、何か又外国语をしやべつて闻かせた。途方に暮れた金花は頬を抑へて、微笑する気力もなくなつてゐたが、咄嗟とつさにもうかうなつた上は、何时までも首を振り続けて、相手が思ひ切る时を待つ外はないと决心した。が、さう思ふ内にも客の手は、何か眼に见えないものでも捉へるやうに、とうとう五指とも开いてしまつた。


              来自手机贴吧7楼2015-07-30 13:03
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                所が相手の外国人は、暂しばらくうす笑ひを浮べながら、ためらふやうな気色を示した后、四本の指をさし延ばして、何か又外国语をしやべつて闻かせた。途方に暮れた金花は頬を抑へて、微笑する気力もなくなつてゐたが、咄嗟とつさにもうかうなつた上は、何时までも首を振り続けて、相手が思ひ切る时を待つ外はないと决心した。が、さう思ふ内にも客の手は、何か眼に见えないものでも捉へるやうに、とうとう五指とも开いてしまつた。
                それから二人は长い间、手真似と身ぶりとの入り交つた押し问答を続けてゐた。その间に客は根気よく、一本づつ指の数を増した扬句、しまひには十弗ドルの金を出しても、惜しくないと云ふ意気ごみを示すやうになつた。が、私窝子しくわしには大金の十弗も、金花の决心は动かせなかつた。彼女はさつきから椅子を离れて、斜に卓の前へ伫たたずんでゐたが、相手が両手の指を见せると、苛立いらだたしさうに足踏みして、何度も続けさまに头を振つた。その途端にどう云ふ拍子ひやうしか、钉に悬つてゐた十字架がはづれて、かすかな金属の音を立てながら、足もとの敷石の上に落ちた。
                彼女は慌あわただしい手を延べて、大切な十字架を拾ひ上げた。その时何気なく十字架に雕られた、受难の基督の颜を见ると、不思议にもそれが卓の向うの、外国人の颜と生き写しであつた。
                「何でも何処かで见たやうだと思つたのは、この基督様の御颜だつたのだ。」
                金花は黒繻子くろじゆすの上衣の胸に、真鍮しんちゆうの十字架を押し当てた尽、卓を隔てた客の颜へ、思はず惊きの视线を投げた。客はやはりランプの光に、酒気を帯びた颜を火照ほてらせながら、时々パイプの烟を吐いては、意味ありげな微笑を浮べてゐた。しかもその眼は彼女の姿へ、――恐らくは白い颈くびすぢから、翡翠の环を下げた耳のあたりへ、绝えずさまよつてゐるらしかつた。しかしかう云ふ客の容子ようすも、金花には优しい一种の威厳に、充ち満ちてゐるかのやうな心もちがした。
                やがて客はパイプを止めると、わざとらしく小首を倾けて、何やら笑ひ声の言叶をかけた。それが金花の心には、殆ほとんど巧妙な催眠术师が、被术者の耳に嗫ささやき闻かせる、暗示のやうな作用を起した。彼女はあの健気けなげな决心も、全く忘れてしまつたのか、そつとほほ笑んだ眼を伏せて、真鍮の十字架を手まさぐりながら、この怪しい外国人の侧へ、羞はづかしさうに歩み寄つた。
                客はズボンの隠しを探つて、じやらじやら银の音をさせながら、依然とうす笑ひを浮べた眼に、暂くは金花の立ち姿を好ましさうに眺めてゐた。が、その眼の中のうす笑ひが、热のあるやうな光に変つたと思ふと、いきなり椅子から飞び上つて、酒の匂のする背広の腕に、力一ぱい金花を抱きすくめた。金花はまるで丧心さうしんしたやうに、翡翠の耳环の下がつた头をぐつたりと后へ仰向あふむけた尽、しかし苍白あをじろい頬の底には、鲜あざやかな血の色を仄ほのめかせて、鼻の先に迫つた彼の颜へ、恍惚くわうこつとしたうす眼を注いでゐた。この不思议な外国人に、彼女の体を自由にさせるか、それとも病を移さない为に、彼の接吻を刎はねつけるか、そんな思虑をめぐらす余裕は、勿论何処にも见当らなかつた。金花は髯だらけな客の口に、彼女の口を任せながら、唯燃えるやうな恋爱の歓喜が、始めて知つた恋爱の歓喜が、激しく彼女の胸もとへ、突き上げて来るのを知るばかりであつた。……


                来自手机贴吧8楼2015-07-30 13:03
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                  数时间の后、ランプの消えた部屋の中には、唯かすかな蟋蟀こほろぎの声が、寝台を泄れる二人の寝息に、寂しい秋意を加へてゐた。しかしその间に金花の梦は、埃ほこりじみた寝台の帷とばりから、屋根の上にある星月夜へ、烟のやうに高々と升つて行つた。
                  * * *
                  ――金花は紫檀したんの椅子に坐つて、卓の上に并んでゐる、さまざまな料理に箸はしをつけてゐた。燕の巣、鲛さめの鳍ひれ、蒸むした卵、熏いぶした鲤、豚の丸煮、海参なまこの羹あつもの、――料理はいくら数へても、到底数へ尽されなかつた。しかもその食器が悉ことごとく、べた一面に青い莲华れんげや金の凤凰ほうわうを描き立てた、立派な皿小钵ばかりであつた。
                  彼女の椅子の后には、绛纱かうしやの帷とばりを垂れた窓があつて、その又窓の外には川があるのか、静な水の音や棹かいの音が、绝えず此処まで闻えて来た。それがどうも彼女には、幼少の时から见惯れてゐる、秦淮しんわいらしい心もちがした。しかし彼女が今ゐる所は、确に天国の町にある、基督の家に违ひなかつた。
                  金花は时々箸を止めて、卓テエブルの周囲を眺めまはした。が、広い部屋の中には、竜の雕刻のある柱だの、大轮の菊の钵植ゑだのが、料理の汤気に仄めいてゐる外は、一人も人影は见えなかつた。
                  それにも関らず卓の上には、食器が一つからになると、忽たちまち何処からか新しい料理が、暖な香気を涨みなぎらせて、彼女の眼の前へ运ばれて来た。と思ふと又箸をつけない内に、丸焼きの雉きじなぞが羽搏はばたきをして绍兴酒せうこうしゆの瓶を倒しながら、部屋の天井へばたばたと、舞ひ上つてしまふ事もあつた。
                  その内に金花は谁か一人、音もなく彼女の椅子の后へ、歩み寄つたのに心づいた。そこで箸を持つた尽、そつと后を振り返つて见た。すると其処にはどう云ふ訳か、あると思つた窓がなくて、缎子どんすの蒲団を敷いた紫檀したんの椅子に、见惯れない一人の外国人が、真鍮の水烟管みづぎせるを衔くはへながら、悠々と腰を下してゐた。


                  来自手机贴吧9楼2015-07-30 13:04
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                    金花はその男を一目见ると、それが今夜彼女の部屋へ、泊りに来た男だと云ふ事がわかつた。が、唯一つ彼と违ふ事には、丁度三日月のやうな光の环が、この外国人の头の上、一尺ばかりの空に悬つてゐた。その时又金花の眼の前には、何だか汤気の立つ大皿が一つ、まるで卓から涌いたやうに、突然旨うまさうな料理を运んで来た。彼女はすぐに箸を挙げて、皿の中の珍味を挟はさまうとしたが、ふと彼女の后にゐる外国人の事を思ひ出して、肩越しに彼を见返りながら、
                    「あなたも此処へいらつしやいませんか。」と、远虑がましい声をかけた。
                    「まあ、お前だけお食べ。それを食べるとお前の病気が、今夜の内によくなるから。」
                    円光を顶いた外国人は、やはり水烟管を衔へた尽、无限の爱を含んだ微笑を泄らした。
                    「ではあなたは召上らないのでございますか。」
                    「私かい。私は支那料理は嫌ひだよ。お前はまだ私を知らないのかい。耶苏基督ヤソキリストはまだ一度も、支那料理を食べた事はないのだよ。」
                    南京の基督はかう云つたと思ふと、徐おもむろに紫檀の椅子を离れて、呆気あつけにとられた金花の頬へ、后から优しい接吻を与へた。
                    * * *
                    天国の梦がさめたのは、既に秋の明け方の光が、狭い部屋中にうすら寒く拡がり出した顷であつた。が、埃臭ほこりくさい帷とばりを垂れた、小舸せうかのやうな寝台の中には、さすがにまだ生暖い仄かな暗が残つてゐた。そのうす暗がりに浮んでゐる、半ば仰向いた金花の颜は、色もわからない古毛布に、円い括くくり顋あごを隠した尽、未いまだに眠い眼を开かなかつた。しかし血色の悪い頬には、昨夜の汗にくつついたのか、べつたり油じみた髪が乱れて、心もち明いた唇の隙にも、糯米もちごめのやうに细い歯が、かすかに白々と覗いてゐた。


                    来自手机贴吧10楼2015-07-30 13:04
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                      金花は眠りがさめた今でも、菊の花や、水の音や、雉の丸焼きや、耶苏基督や、その外いろいろな梦の记忆に、うとうと心をさまよはせてゐた。が、その内に寝台の中が、だんだん明あかるくなつて来ると、彼女の快い梦见心にも、傍若无人な现実が、昨夜不思议な外国人と一しよに、この籐の寝台へ上つた事が、はつきりと意识に踏みこんで来た。
                      「もしあの人に病気でも移したら、――」
                      金花はさう考へると、急に心が暗くなつて、今朝は再ふたたび彼の颜を见るに堪へないやうな心もちがした。が、一度眼がさめた以上、なつかしい彼の日に焼けた颜を何时までも见ずにゐる事は、犹更なほさら彼女には堪へられなかつた。そこで暂くためらつた后、彼女は怯おづ怯づ眼を开いて、今はもう明くなつた寝台の中を见まはした。しかし其処には思ひもよらず、毛布に蔽はれた彼女の外は、十字架の耶苏に似た彼は勿论、人の影さへも见えなかつた。
                      「ではあれも梦だつたかしら。」
                      垢あかじみた毛布を刎はねのけるが早いか、金花は寝台の上に起き直つた。さうして両手に眼を擦こすつてから、重さうに下つた帷を掲げて、まだ渋い视线を部屋の中へ投げた。
                      部屋は冷かな朝の空気に、残酷な位歴々ありありと、あらゆる物の轮廓を描いてゐた。古びた卓テエブル、火の消えたランプ、それから一脚は床に倒れ、一脚は壁に向つてゐる椅子、――すべてが昨夜ゆうべの尽であつた。そればかりか现に卓の上には、西瓜の种が散らばつた中に、小さな真鍮の十字架さへ、钝い光を放つてゐた。金花は眩まばゆい眼をしばたたいて、茫然ばうぜんとあたりを见まはしながら、暂くは取り乱した寝台の上に、寒さうな横坐りを改めなかつた。
                      「やつぱり梦ではなかつたのだ。」
                      金花はかう呟つぶやきながら、さまざまにあの外国人の不可解な行く方を思ひやつた。勿论考へるまでもなく、彼は彼女が眠つてゐる暇に、そつと部屋を抜け出して、帰つたかも知れないと云ふ気はあつた。しかしあれ程彼女を爱抚した彼が、一言も别れを惜まずに、行つてしまつたと云ふ事は、信じられないと云ふよりも、宁むしろ信じるに忍びなかつた。その上彼女はあの怪しい外国人から、まだ约束の十弗の金さへ、贳ふ事を忘れてゐたのであつた。
                      「それとも本当に帰つたのかしら。」
                      彼女は重い胸を抱きながら、毛布の上に脱ぎ舍てた、黒繻子の上衣をひつかけようとした。が、突然その手を止めると、彼女の颜には见る见る内に、生き生きした血の色が拡がり始めた。それはペンキ涂りの戸の向うに、あの怪しい外国人の足音でも闻えた为であらうか。或は又枕や毛布にしみた、酒臭い彼の移り香が、偶然耻しい昨夜の记忆を唤よびさました为であらうか。いや、金花はこの瞬间、彼女の体に起つた奇迹が、一夜の中に迹方もなく、悪性を极めた杨梅疮やうばいさうを愈いやした事に気づいたのであつた。
                      「ではあの人が基督様だつたのだ。」
                      彼女は思はず衬衣したぎの尽、転ころぶやうに寝台を这ひ下りると、冷たい敷き石の上に跪ひざまづいて、再生の主と言叶を交した、美しいマグダラのマリアのやうに、热心な祈祷を捧げ出した。……


                      来自手机贴吧11楼2015-07-30 13:05
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                        没一个人回,这么久了o(╯□╰)o


                        来自Android客户端13楼2015-11-22 20:22
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                          来自Android客户端14楼2015-11-28 17:55
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                            来自Android客户端15楼2016-06-26 17:28
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                              我可是很认真的看了吧规才敢发的


                              来自Android客户端16楼2016-07-30 11:48
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