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官方web小说涩谷侦探篇《探偵ギャル・コミュニケーション》

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蒸し暑い夏の夜。
 バイトを終えて自宅アパートに帰り、電気をつけると、幼馴染がコタツ机の上で輪切りにされていた。
 ――バイトから帰宅。今日もメシはユーバーイーツかなー。
 そんな生産性のない呟きをSNSに投稿しようと考えていた脳がショートして、スマホが手から滑り落ちて床を転がる。
 スマホも拾わずに、俺はコタツ机の上の幼馴染をまじまじと見つめた。
 幼馴染みの名前は鮎見風町《あゆみ かざまち》。
 「大学デビュー」と言ってからかったばかりの茶色のロングヘアが童顔とミスマッチで、肌は陸上部らしく健康的な小麦色。
 苗字の「アユミ」と呼ばれると「苗字の方が名前っぽいから」と言って嫌がる、どこにでもいるような女の子。
 そんな彼女が、切り分けられたステーキのように輪切りとなった姿で、安物のコタツ机の上に仰向けとなって眠っている。
 最初は作り物かと思った。
 何かのドッキリだろうと考えながら、コタツ机へと近づいた。
 それから、風町らしき物体の一部へと触れた。
「冷たっ……」
 思わず声が出るほどの冷たさだ。
 手に伝わったその冷たさで、フワフワと霞がかかっていた頭の中が冴えていく。
 ――作り物? そんなワケがない。
 だって、身に着けている服も、切れ長の目も、小麦色の肌も、よく見知っている。
 小学生の頃からの付き合いの俺が見間違えるワケもなかった。
 この輪切りにされている女の子は鮎見風町本人で、決して作り物なんかじゃないんだ――
「おえっ……ぇっ……」
 腹からせり上がった胃の内容物を、全部フローリングされた床へと撒き散らした。
 ビチビチと魚の跳ね回るみたいな気色悪い音がワンルームに響き、ゲロの酸っぱいニオイが鼻の奥を抜ける。
 こんな時はどうすればいいんだ。
 SNS――ツブヤイターで助けを求める? いやバカか。誰が助けてくれるんだよ。
「そ、そうだ……電話……警察に、電話……」
 震える手で床のスマホを拾い上げ、110へと電話。
 真っ白な頭で、現場の状況を可能な限り仔細に伝えた。
 友達が殺されたこと。場所は自宅であること。犯人の目星などないこと。殺され方は輪切りであること。輪切りというのは、金太郎飴でも切ったみたいな状態であること。とにかく精いっぱい質問に答えた。
 ――落ち着いて。慌てなくていいから、冷静に。
 そう何度も諭されたことだけは覚えている。
 全てを話し終えてから間もなく、警察官たちが到着。
 ろくに立ち上がることもできない俺は、警察官の一人に肩を借りる形で、パトカーまで運ばれていった。
 まさか自分が、既に容疑者として扱われつつあることも知らずに。


IP属地:浙江1楼2021-05-25 20:41回复
    第1幕『日常トルソ・マーダー』
    仮眠をとらせてもらったあとに連れてこられたのは、四畳間半ほどの広さの取調室。刑事ドラマで観た通りの、デスク以外に何もない生活感皆無の部屋だった。
     その中心に置かれたデスクへ座り、対面の警察官からの質問に淡々と答えていく。
    「年齢ですか? 十九歳、今年で大学二年生です」
    「出身は東海地方で、進学に合わせて上京してきました。大学はすぐ近所です」
    「風町……あ、いえ、亡くなった鮎見さんとは同郷で、いわゆる幼馴染というヤツですね。彼女も偶然大学が近くということもあって、よく家に来てましたね」
    「えっ、仲はよかったか、って? ええ……まぁ昔から、それなりに。天才肌の鮎見さんに振り回されてばかりでしたけど、いつも一緒に遊んでました」
     風町が俺と近所の大学を選んだと知った時は驚いた。
     ただ近所とは言っても、風町は国内でも屈指の名門女子大であるのに対して、俺は中堅どころの私立音大。
     必死に勉強して何とか上京の口実を手に入れた身としては、昔から変わらない幼馴染との能力差に、複雑な気分を味わったこともよく覚えている。
    「最後に会った日ですか? 一週間……正確には、六日前ですかね。僕はいらないって言ったんですが、わざわざ余った煮物を持ってきてくれたんですよ」
    「え? 冷蔵庫? ああ、全然使ってませんでしたね、中身は空です。もらった煮物はすぐ食べちゃいましたし、最近はもっぱらユーバーイーツで」
    「ええ、それです。スマホで頼むと自宅まで届けてくれるサービス。外出は控えないといけないし、バイトで疲れてると食材を買いに行くのも億劫ですから」
     今は昨今の騒動の影響で、大学の授業もほとんどPCを用いたリモートでの実施だ。
     音大で実技の授業が受けられないのは苦しいので、来期は休学することを決めた。
     そのため、最近はもっぱら生活費と学費を稼ぐためにバイト漬けの毎日を過ごしている。そのストレス発散で、ユーバーイーツを使ってしまっているのだから、世話ないが……。
    「はい、それからは風町と特に連絡はとっていませんでした。え? いや……別に意味なんてありませんよ。バイトで忙しかったからじゃ理由になりませんか?」
    「喧嘩? そんなのしてませんよ。付き合っていたのか、って……どうしてそこまで話さないといけないんですか? ちょっとおかしくありません?」
     あまりに細かく、不躾な質問が続き、思わず問い返してしまった。
     根掘り葉掘り、まるで尋問でも受けているみたいだ。
    (え……? まさか、この状況って……)
     そこで気付く。
     今までの問いが、明らかに第一発見者への事情聴取という枠組みを超えていることに。
     自分を見つめる警察官の瞳に、僅かながら不信の色が滲んでいる事実に。
     冷静に考えてみれば、ヒト一人を運び込んで輪切りにするなんて大それた計画、実行できるヤツなんて限られている。
     部屋の主である俺が疑われるのは当然のことじゃないか。
    「風町は六日前から、行方が分からなくなっていた……!?」
     デスクの向かいの警察官の話は続く。
     暑い。デスクの上の間接照明が急に暑く感じられ、汗が浮き始める。
    「え? 凶器が部屋の中から出てきた!? 僕の!? いや違いますよ、何を言ってるんですか!」
     新たに語られた俺に不利な情報。
     何も考えずに通報をしてしまったけれど、犯人は明らかに俺を犯人に仕立てあげる気満々だ。
     このままだと、本当に風町を殺したことにされてしまう。
    「僕が……俺がどうして幼馴染のアイツを殺したって言うんだよ!? ふざけないでくれよ!!」
     灰暗い取調室に自分の怒声が反響する。
     やってしまった……と思ったものの、デスクの向かいの警察官は動じる様子もない。
     依然何ら変わらず、俺へ冷めたような、見下すような、無機質な目を向けるばかりだ。
     彼にとって、いや警察官にとって、こうして疑うことも、感情をぶつけられることも慣れっこなのだろう。
     たった一度のやり取りで、自分が何を言っても、どれだけ本気でぶつかっても通じないことがイヤほど察せられた。
    (……チクショウ。ふざけんな、ふざけんなよ……俺はやってない、やるワケないだろ)
     ぶつけようのない怒りが胸の奥でフツフツと沸き上がる。
     どうして幼馴染みを殺された上に、犯人扱いまでされないといけないんだ。
    (このまま疑われたままで終わってたまるか……終わってたまるかよ!)
     事情聴取という名の取り調べは数時間に及んだ。
     何かと理由をつけて帰宅を拒否されたものの、バイトを理由にして帰宅の許可をもらうことに成功。
     警察署から出てきた時にはすっかり日が高く、目を焼かんばかりのまぶしさに軽い呻いてしまった。
     冷や汗と脂汗が混じったシャツが気持ち悪い。
     連日のバイトなどよりもずっと疲れた気がする。
     まずはどこかで休みたいところだけど、そうも言ってられない。
     そもそも警察の現場検証は途中で、自宅アパートに帰って休むこともできない。
     どこへ続くかも知らない道路沿いの並木道を歩きながら、俺は力なく項垂れる。
    「休んでいる間に警察が逮捕令状を持ってきたらマズいよな……今のうちに少しでも、俺が犯人じゃない証拠を探さないと」
     でも自分は素人だ。
     事件の捜査なんてできるワケもない。
     何か捜査に詳しい、『探偵』でも雇えればいいのだけれど
    「やっほー、お兄さん♪ 顔色が悪いけど大丈夫?」
     おもむろに軽い調子で話しかけられ、顔を上げる。
     すると目の前に、髪の色が薄く、睫毛が花びらみたいに濃い、派手な容姿の少女が立っていた。
     一言で表すなら『今どきのギャル』。
     そんな軽そうな印象の少女は、俺が目を白黒させるのを見てか、ケラケラと笑った。
    「何キョドってるワケぇ? お兄さん、もしかして女の子苦手なタイプ? ピュアピュアピュアボーイ?」
    「別に、そんなんじゃない。悪いけど放っておいてくれ、キミと話してる暇なんてないんだよ」
     妙に馴れ馴れしい少女を無視して立ち去ろうとした。
     ところが、思わぬ言葉に足が止まる。
    「キミ、飛戸朝人《ひどあさと》くんでしょ? デバイスに届いた情報通りの見た目だし、明らかに様子が普通じゃないもんねぇ~」
    「えっ……何で、俺の名前を」
     振り返った俺を見て、少女は睫毛の長いまぶたを片方パチンと閉じてウインクする。
     それから俺の手をとってズイズイと歩き始めた。
    「詳しい話はあとあと♪ ひとまず、駅前のタクシー捕まえるよ」
    「ど、どうしてタクシーに!? 俺をどこへ連れて行く気だよ!? それに、キミは一体」
    「はいはーい、質問はひとつずつね。ガッつく男は嫌われるよ~?」
     少女が俺の鼻先を指で弾き、その弾いた指でそのままこっそりと、後ろを指差した。
    「今後ろからね、私服警官が追ってきてんの。逮捕令状が出次第、連れ戻す気満々だねぇ」
    「私服警官!? どうしてキミがそんなこと!? 本当に何者なんだよ!?」
    「ハァ……質問はひとつずつって言ってんじゃん。まぁ幼馴染を殺されりゃテンパってワケ分かんなくなるのも分かるけどさ」
     少女が深い溜め息をついた。
     風町が殺されたことも、俺がその幼馴染だということも分かっているのか。
     やはり、目の前の少女は只者じゃない。
     何者なんだろう。
    「ごめん……まずは、キミの名前を教えてくれないか?」
    「ふふ、やーっとちょっとは落ち着いたみたいだね。いいよ、教えたげる」
     少女が懐から黒いスマホを取り出した。
     そのスマホの画面上には、奇妙なシンボルと、シンボルの中心に文字が表示されている。
     そこに書かれていたのは――『探偵同盟』の四文字。
    「ウチは『渋谷探偵《しぶやたんてい》』。探偵同盟に所属する、超ぉ~優秀な探偵だよ♪」


    IP属地:浙江3楼2021-05-25 20:43
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      ●第2幕『渋谷カラオケ・ディテクティブ』
      十人は入れそうな広さのカラオケボックスの一室に、少女の歌声と、ヤル気のないタンバリンの音が響く。
      「会いたい~会いたい~♪ とにかく会いたい~ずっと会いたい~♪」
      「会い、たい」
       シャンシャン(タンバリンの音)。
      「会いたいのかな~♪ きっと会いたいんだよ~♪ 今から会いに行くね~♪」
      「行くよ、今から」
       シャンシャン(タンバリンの音)。
      「ねぇお兄さん、さっきからヤル気感じられないんだけど~? それでも音大生? アゲる気あんの?」
      「ねえよ!!!」
       遂にキレて言い返してしまった。
       タクシーで渋谷まで来たかと思うと、近くのカラオケボックスに無理やり連れ込まれて現在に至る。
       殺気立った俺を前にしても、目の前の少女はケラケラと笑うばかりで動じる様子もない。
       何から何まで意味不明だ。
       冷静になって見てみると、少女は外見やファッションこそ派手なものの、恐らく女子高生くらいの年齢。
       ここへ来る途中で探偵が云々言っていたけど、あんな遊ぶことしか頭になさそうな子が探偵であるはずがない。もしや新手の詐欺なのではないかと、不安になってきた。
      「ごめん……俺、そろそろ帰らないと」
      「えー、せっかちだなぁ……被害者の鮎見ちゃんにもそんな感じだったワケ? よく愛想尽かされなかったねぇ」
      「俺と風町はそんなんじゃない。とにかく、遊んでる暇なんてないんだよ」
      「現場なら行かない方がいいよー。行ったところで近づけないし、警察に見つかったらマークされるしね♪」
       恐ろしいことを言われ、浮かしかけた腰を再びソファへ沈める。
      「さっきも私服警察が見張ってたっていうし……どうして、警察は俺をそこまでマークするんだよ。何か証拠でもあるのか?」
      「それを今同盟で調べてもらってんの。せっかく追手をまいたのに、今下手に動いたら見つかっちゃうよ? このカラオケ店ならウチの顔も利くし、動かない方がいいって」
      「調べてもらってるって……」
       するとその時、犬の鳴き声のような音が鳴ったかと思うと、少女が黒いスマホを懐から取り出した。
      「ほらほら、新しい情報が届いたよ。鮎見ちゃんは六日前から大学の授業にも顔を出さなくなって、三日前から捜索願いが出されてたんだってさ」
      「え!? どうしてそんな情報を――」
      「だから、ウチは探偵だって言ってるじゃん。渋谷探偵っていうそれっぽい呼び名もあるんだってば。探偵同盟って、聞いたことない?」
       ――探偵同盟。
       そう言えば、ネットで話題にあがっていたのを見た覚えがある。
       確か、実績のある探偵のみで構成された組織で、警察とも協力関係にあるとか……。
      「まぁ一言で言っちゃえば、探偵の派遣会社みたいなものでね。この三日間ろくに手がかりを掴めない警察に、鮎見さんのご両親は激おこでさー、警察経由で捜索依頼がきたってワケよ」
      「捜索依頼……でもアイツは、もう……」
      「そっ、ウチが捜索を始めた直後にこんなことが起きてビックリだよ。でもご両親からは追加で、事件の真相を解くよう依頼があったみたいでね」
      「……容疑者の俺に接触した、ってワケか」
      「まぁそんなとこ~♪ とは言っても、ウチはキミのこと別に疑ってないけどねぇ」
      「疑ってない? どうして?」
       渋谷探偵がテーブルに座って、最初に注文してあったタコ焼きへと箸を伸ばしつつ答える。
      「キミの経歴とか、ツブヤイターへの投稿とか見る限り、幼馴染へのコンプレックスで殺人を犯すタイプじゃないって思ってねぇ。ちゃんと会って話したいなって思ったの」
      「俺のことを探ってたのかよ」
      「そりゃ探るっしょ、探偵の基本だしぃ? でもウチは、捜査が進展せずに焦って、“結論”を定めて動いてる警察とは違うから」
       更に取ったタコ焼きを口へと運び、ゆっくりとよく噛んで飲み込んでから、破顔する渋谷探偵。
       その目は取調室で相対した警察官とは全く違う、温かな印象が感じられた。
      「相手を知ろうと思うなら対話しなきゃね。一方的に質問ばっかりして相手を知った気になるとか、コミュニケーションで一番やっちゃいけないヤツじゃん?」
       語りつつ、渋谷探偵はタコ焼きを更にいくつか取って、俺の前へと差し出した。
      「ウチのモットーは『コミュニケーションこそが推理の近道』。ってなワケで、まずはあんまり固くならずにゆったりまったり、キミのことを教えてくれないかな」
      「渋谷、探偵……」
      「その呼び方あんまりイケてないから『渋谷ちゃん』とか、『渋谷さま』とかにしてよ」
      「……分かったよ。迷惑をかけて申し訳ないけど、よろしく頼むよ、渋谷“さん”」
      「ほら早速、飛戸ちゃんがひねくれ者ってことが分かった。分かりやすいね~」
       渋谷探偵に苦笑を返しつつ、彼女が取ってくれたタコ焼きを口の中へと放った。
       まだ分からないことばかりだけど、彼女が風町を殺した犯人の捜査に協力してくれることは確からしい。
       事件の捜査状況も把握しているようだし、まさしく渡りに船だ。
       彼女と一緒ならきっと何とかなる。
       まだここから、ここ、から――
      「辛ぁ……!? 何っ、だ……これぇ……っ!」
       舌が焼けるように熱くなり、喉の奥に痛みが走る。
       慌てて緑茶入りのコップを一気に飲み干した。
      「アハハハ! ロシアンタコ焼き大当たり! キミ、相当運が悪いんだねぇ~♪」
       すぐ隣で渋谷探偵がお腹を抱えて笑った。
       文句を口にしようと思ったけど、喉がヒリつきすぎて大声を出せない。
       フロントに電話したあと、何とか声を絞り出して、緑茶のおかわりを注文するのだった。


      IP属地:浙江4楼2021-05-25 20:45
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        まだ九九もろくに言えない年齢の頃の話だ。
         当時の俺は、遊具もろくになくて、樹木とベンチくらいしかない地味な公園でよくサックスの練習をしていた。
         何でサックスを選んだのかと言うと、恥ずかしい話、トランペット奏者の親父への対抗心からで。トランペットよりもパーツが多くて複雑な外見に惹かれたという、子どもらしい理由で。
         早く親父に追いつきたい一心で、子どもが扱うには重いことも気にせず、暇があれば公園へ行ってサックスの練習に明け暮れていた。
         同年代にはきっと、そんな俺が変なヤツに思えたのだろう。
         ろくに友達もできず遊び相手もいない。だから余計に、サックスに傾倒していく。そのせいで更に、周囲との壁が厚くなる。
         負のスパイラルに陥る寸前。
         そんな危うい日々の中で出会ったのが、風町だった。
         木々の葉が赤みを帯び、涼しげな秋風の吹き込み始めた公園に、見慣れない女の子が入ってきた。
         女の子はタンクトップにホットパンツ姿で、胸元に水着の日焼け跡が顔を覗かせていて、活発そうな印象。間違いなく苦手なタイプだ。
         どうせ、見慣れない公園に迷い込んだだけだ。すぐにどこかへ行くだろう。
         そう思って、俺はベンチに座ったままサックスの練習を続けた。
         しかし何を思ってか、女の子は俺の座るベンチまでやってくると、おもむろにすぐ隣へと座った。
        (何だ、コイツ……!?)
         予想外でかつ初めての出来事に心臓が高鳴る。
         からかわれているのだろうか? まさか、邪魔をしにわざわざ俺の隣に? 慌てた俺の反応を見て笑うつもりか?
         とにかく、ここで反応したら負けだ。
         そう思って、俺は女の子を気にせず、演奏を続けた。
         公園に響く秋風の音と、若干走り気味のサックスの音。
         女の子は笑うことも、話しかけることもなく、ただ俺の横に座り続けた。
         そんな時間がどれほど続いただろうか。
         体力を使い果たした俺は、額の汗をハンカチで拭い、胸に手を当て、乱れた呼吸をゆっくりと整えた。
         そこで女の子が立ち上がり、ようやく口を開いた。
        「また、聴きにきていい?」
         思いも寄らない問いかけ。
         すっかり息の切れていた俺はろくに言葉も返せず、無言でうなずくのが精いっぱい。
         でもそんな俺のそっけない返事を見て女の子は嬉しそうに笑い、公園から走り去っていった。
         それが風町との出会い。
         俺が本気でサックスに打ち込むようになったきっかけだ。
         その時、風町が何を感じ、俺の練習の常連客となったのかは分からない。
         いつかちゃんと答えを聞いて、お礼を言おうと思っていた。
        「あの出会いがなければ、きっとサックスプレイヤーを目指すこともなかった」
        「風町がいたから、俺は演奏を楽しいと思えるようになった」
        「初めて、誰かに認めてもらえた気がしたんだ」
         そう伝えたかった。いつも伝えよう伝えようと思っていた。
         なのに小さなプライドと、大きな気恥ずかしさが邪魔をして。
         結局憎まれ口ばかり口にしてしまう。
         そして今ではもう――伝えたくても伝えられなくなってしまった。
         俺が犯人扱いされるのはまだ許せる。
         だけど、そのせいで真犯人が野放しになるのは許せない。
         最後までお礼を言えなかった風町に対して俺ができることと言ったら、この事件の真相を解き明かすことだけだ。
         だから俺は諦めない。
         風町を殺した真犯人を捕まえるまで、絶対に……。


        IP属地:浙江5楼2021-05-25 20:45
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          「……というのが俺にとっての風町だ。信じる気になったか?」
           カラオケボックスの一室。
           テーブルの向かいの席でポテトを食べ続ける渋谷探偵に問いかけた。
          「結構いい話じゃん? もっと風町ちゃんにドロドロこってりな感情を向けてるとか思ってたけど、案外サッパリ系? はぐれ学生純情派、的な~?」
          「いや意味分からん」
          「要するに、飛戸ちゃんを信じてあげるってこと♪」
           ポテトのあまりを全部口に放り込んで、渋谷探偵が歯を見せて笑う。
          「んじゃ、そろそろ本格的に推理を始めよっか。ちょうどあの子らも来たみたいだしね」
          「あの子ら?」
           俺が問いかけると同時に、部屋の扉が開いて三人の女の子が入ってきた。
          「ワンコ、マジおひさー! 寂しかったぞコノヤロー!」
          「ワンコ、オイッス。そいつ何だ? とうとう彼氏作った感じ? ミユキというものがありながら、お前……」
          「な、ナッちゃん、私と犬美《いぬみ》は女同士だし……そんな関係じゃないよ……?」
           茶髪のツインテールで、子どものように小さな身長。
           鋭い切れ長の目に、黒髪ロング。
           そして丸い眼鏡に、おさげ髪という今どき珍しいほど生真面目そうな外見。
           茶髪の子は上品なジャンパースカート。
           黒髪の子はスカートの丈の身近なブレザー。
           丸眼鏡の子は白と紺にセーラー服に、真っ赤なリボン。
           まさしく三者三様。まったく特徴の異なる三人の少女が、俺と渋谷探偵の周りへと座る。
          「飛戸ちゃん、紹介するね。この子らはみんなウチの幼馴染。茶髪の子がチョッパー、海賊漫画に出てきそうな感じでしょ?」
          「むーっ! 何だその紹介はコノヤロー! 私はマスコットじゃないぞ!」
           チョッパーと呼ばれた小柄の女の子が、茶髪のツインテールをフリフリ憤慨してみせる。
          「やだなー、それくらい可愛いってことじゃん?」
          「えっ? え、えへへ、そうかな……私、可愛い、かな」
           両頬に手を当てて、顔を真赤にさせるチョッパー。
           単純な子だ。悪い男に引っかかるんじゃないかと不安になる。
          「こんな感じで、褒められ慣れてないからガンガン褒めてあげてー」
          「チョッパーいじりもほどほどにしとけ。この子見た目だけじゃなくて、頭ん中も子どもなんだから」
           黒髪ロングの子が緑茶をストローで飲みつつ、冷めた声で言った。
           あれ? それ俺の注文しておいた緑茶なんだけど……。
          「この黒髪クールビューティーがナッツ。本名くるみちゃん。可愛らしい名前が嫌すぎて呼ぶと怒るから注意ね」
          「もう呼んでるだろ。いきなり休日に呼び出されて喧嘩売られるとか、殺意がヤバいんだが?」
          「ごめんごめん、ナッツの助けが必要なんだって。今度ナゲットおごるから許してよー」
          「コーヒーもつけろよ」
           ナッツと呼ばれた子は俺のドリンクを飲み干すと、そっと俺の前にコップを移動させた。
           そうですか。金を払う気もないワケですか。
           相当したたかな子だなと、逆に感心してしまって文句も出ない。
          「あなたが、事件で困ってるっていう飛戸さん、ですか? 大変なことになりましたね……」
           丸眼鏡の子が心配そうに俺の顔を覗き込んで、微笑みかける。
          「でも安心してください。犬美ならきっと、事件の真相を解き明かしてくれますよ!」
          「ミユキー、ウチは一応探偵だから……本名はちょっと……」
          「あ! ごごご、ごめんね! えっと、原宿探偵、って呼べばいいんだけ……?」
          「いや渋谷ね、今いるところ。原宿の名を冠するなら、もっとサブカルくさいファッションにしてるから」
          「ごめんね! そっか、渋谷……渋谷探偵……今度こそちゃんと覚えたからね、犬美」
           またまた本名を呼ばれてしまい、渋谷探偵が困ったように笑う。
           どうやらこの丸眼鏡のミユキという子は相当な天然らしい。
           類は友を呼ぶというか、渋谷探偵に負けず劣らず、癖の強い三人だなと思う。
           いやそんなことより――
          「どうしてこの状況で友達なんて呼んでるんだよ!? まさか、この子たちも探偵だとか言わないよな!?」
          「ははは、まっさかー。この子らは全員パンピーだよ」
          「じゃあどうして情報を漏らしてんだよ!? 守秘義務とかねえのか!? お前、探偵のくせに――」
          「はいはーい、だから飛戸ちゃんはせっかちすぎだってば。ウチはこう見えても無駄なことはしない主義なの。ちゃんと説明したげるから、ひとまず座っときなー?」
           そこで店員が扉を開けて入ってきた。
           その手には緑茶がひとつ。渋谷探偵に促され、俺の前へと置かれた。
           飲まれたことに気付いて注文してくれていたのか。
          「この三人は絶対に秘密をもらしたりしないから平気だよ。モノの見方がウチとはまったく違う子たちだから、一緒に話してると事件の推理が捗っちゃうってワケ」
          「まさか、みんなでワイワイ話しながら推理するってワケじゃないだろうな」
          「そのまさかなんだなー♪ これこそ、ウチの十八番『コミュニケーション推理』! ヒトは一人で考え込むより雑談でもしていた方がよっぽどアイディアが湧くから、これが結構使えるワケ」
          「雑談していた方が……? どういう理屈だよ」
          「まぁバラエティ番組の受け売りだから、詳しくは知らないんだけどねー」
          「ソースがバラエティ番組って……」
           胡散臭いことこの上ない。
           でも正直な話、俺一人での推理には限界がある。
           いくら信じがたくても、渋谷探偵を頼るしかないんだ。
          「なぁワンコ、今回の事件も解いたらお給料出るのか!? またみんなで遊びに行けるのか!?」
          「そだよー。それも今回は、依頼人が大物だから割といい額♪ 終わったらみんなで千葉ニーランドでも行くべー」
          「今テーマパークに行くのは、例の騒ぎが怖くないか? アタシはもっとヒトが少ないところに行きたいんだけど」
          「なら、登山とかどうかな? 最近は初心者でも気軽に行ける場所が増えているみたいだし」
          「ミユキのアイディア、超グッド! じゃあサクッと解決して、みんなで登山に行こうー」
           おーっ、と四人が仲良く手を挙げる。
           なんて女子高生っぽいノリに、私欲丸出しの動機。
           ただ、変に正義感を語られるよりは信頼できて、逆に安心できるかもしれない


          IP属地:浙江6楼2021-05-25 20:53
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            「なぁなぁ飛戸さん飛戸さん、アンタ大学生なんだろ? ここ最近、昼間はどうしてたんだー?」
             向かいの席に座っていたチョッパーが、テーブルに身を乗り出して問いかけてきた。
            「大学は七月の前半にはもう終わったから、ずっとバイト漬けだったな。昨今の事件の影響でシフトに出れなくなった子も多くて、人手不足なんだよ」
            「ワンコの情報によれば、バイト先はドラッグストアか。閉店作業までしてたら、午後九時に店を終えたとして、店を出るのは午後十時ってところかな?」
            「せ、正解。昼過ぎに家を出て、いつもその時間帯に帰ってきてたよ」
             チョッパーの隣のナッツが口元に手を当ててニヤリと笑う。
            「じゃあ飛戸っちのいない日中は隙だらけってワケだ。犯人からしたら、遺体を運びたい放題じゃないか」
            「でもナッちゃん、ヒト一人を運ぼうとすると、スゴく目立つんじゃないかな……? 棺桶みたいなサイズの箱にでも詰めて運ばないといけないし」
            「ああ、確かに。なぁワンコ、怪しい人影とか、大荷物を持ったヤツの目撃情報はないのか?」
            「んー、今のところないねー。SNSで情報収集したりもしてんだけど、なかなか」
            「SNSで?」
             俺が問いかけると、隣の渋谷探偵は先ほど使っていた黒いモノとは別のスマホを取り出して、操作を始めた。
            「そっ。この子ら以外の友達にも、いい情報をくれた子にはギフトカードをあげるって条件で情報を募ってんの。もちろん、事件の詳細は伏せてあるけどねー」
            「ワンコは変な友達が多いからな! 意外といい情報が集まるんだ!」
            「チョッパー、お前その変な友達の一人なんだぞー?」
            「ええ!? 私は別に変じゃないぞ!? 普通だぞ!?」
            「はいはい、アンタたち二人とも変だから。まともなのはミユキだけだよ……ミユキはそのままでいてね」
            「う、うん……変わらないようがんばるよ」
             傍目には仲良しグループの団欒にしか見えない会話。
             本当に、この子たちに賭けて大丈夫だったのかと、今さらながら心配になってきた。
            「はいはい、推理を続けるよー? この事件の謎な点は、ミユキが言った通り、どうやって人間一人をバレずに飛戸ちゃんちに運んだかってこと」
            「そう言えば警察がボソリと、宅配便やユーバーイーツの配達員しか目撃されてないとかぼやいてたな……」
            「きっとそれだぞ、それそれ! 配達員に化けて遺体を部屋の中へ運んだんだ! 私の勘に間違いはないぞ!」
            「いや間違いしかないから。人間一人を運ぼうと思ったら、どれだけ大きな箱に入れなきゃいけないんだよ。目立ちまくりだろうが」
            「飛戸さん……遺体は、その……バラバラにされていたんですよね?」
             ミユキさんが恐る恐る問いかけた。
             現場を思い出させることを忍びなく思っているんだろう。
             渋谷探偵の言う通り、一番まともで、想いやりのある子だ。
            「ああ……バラバラだったよ。いや、むしろアレは輪切りにされてたって言った方がいいな。ハムの切り方をイメージしてもらえると、分かりやすいかもしれない」
            「ぎゃーーーー!? ヒドすぎるぞ、殺したヤツは人間じゃない!」
             殺され方は知らなかったのか、チョッパーが悲鳴をあげた。
             ナッツも痛ましげに表情を歪めて、口を開く。
            「飛戸っち……ツラかったな。アタシらに……いや、ワンコにまかせてくれ。この子、見た目はチャラいけど、頭ん中はチャランポランじゃあないからさ」
             言われた当人の渋谷探偵はアゴに手を当て、黙って考え込んでいる。
             これまでにない真剣な面持ちにドキリとした。
            「……ねぇミユキ、ユーバーイーツの宅配に使う保温バッグって、最大で何センチかな?」
            「そう来ると思って調べておいたよ。一番大きなもので、四十センチかける四十センチのものだって」
            「ありがとう。鮎見さんの身長は一六〇センチ強だから、バラバラにして詰め込んだところで、どうしたってサイズが足りないね」
            「え……!? まさか、ユーバーイーツの宅配員が遺体を……!?」
            「本物とは限らないけどね。ユーバーイーツのバッグはネットで誰でも買えるでしょ? 化けるのは簡単じゃん?」
            「そう言えば、風町の身体は驚くくらい冷たかった……アレは、遺体を冷凍して運び入れたからか」
             発見した時は、生気を感じられないことに驚くばかりだったけど、今考えれば流石に冷たすぎる。
             アレは冷凍保存されていたからだったのか。
            「でも待ってくれ。つまり犯人は、俺が最近ユーバーイーツに頼ってることを知ってたってことだよな? どうやってそんなことを知ったんだ?」
            「そんなの簡単っしょ。飛戸ちゃんは毎日自分から『俺はユーバーイーツにハマってまーす』って暴露してたんだから」
             言われてみてハッと気付いた。
             俺は確かに自分から、ユーバーイーツを利用していることを毎日全世界に発信していた。
             SNS――ツブヤイターというツールを利用して。
            「まさか、ツブヤイターか!?」
            「だろうねぇ~。犯人は飛戸ちゃんがユーバーイーツばかり使ってるのをツブヤイターで把握した上で、配達員に成り済ましたってワケよ」
            「よーし! じゃあ飛戸さんの投稿を観てるフォワードから探せばいいんだな? 私にまかせろ!」
            「いやフォロワーな。まぁフォローせずに観てるヤツの中にいるかもしれないが、可能性はあるんじゃないか?」
            「観るだけならフォローしてなくてもいいもんね~……遺体をバラバラにしたのも、運びやすくする目的があるなら怨恨が犯行理由じゃない可能性もあるし」
            「でも犯人は、飛戸さんが鮎見さんと親しいことを知っていたんだよね? それを考えると、身近なヒトが犯人なんじゃないかな」
            「身近なヒト……」
             最近付き合いがあるのはバイト先の連中に、大学の同期くらいなもの。
             でも名門女子大の知人がいると知られたら面倒くさいことになるから、風町との関係は誰にも話したことがなかった。
             それに、俺は人と深く付き合うことが苦手だから、誰かから過度な恨みを抱かれるような覚えもない。
             一体誰が、どうして、何のために風町を殺したのか、想像もつかない。
            「飛戸さん! お前スゴいなコノヤロー!」
             そこで突然、チョッパーが大声をあげてスマホの画面をコチラへ向けた。
             画面に映っているのは――俺が以前動画サイトにアップしたサックスの演奏動画。
             どうして、その動画を――!?
            「これ『吹いてみた』ってヤツだろ? 流行りの曲から昔の曲まで、スッゲー色んな曲を演奏してんじゃん! 私、音楽はよく分かんないけど上手いことは分かるぞ!」
            「再生回数が一万超えてるのも結構あるんだな。ツブヤイターでの投稿も多いし、結構スゴくないか?」
            「何でお前たちが知ってるんだよ!? やめろ、観るな!」
            「もう手遅れだって~♪ 最初に言ったじゃん? キミのSNSでの投稿も確認済みだってさぁ」
             渋谷探偵がイタズラっぽく笑う。
             どうやら本当に、俺の何もかもを知っているようだ。
             今まで誰にも明かしたことがないのというのに、探偵同盟の情報網がスゴいのか、渋谷探偵がスゴいのか分からないものの、とにかく戦慄した。
            「でも飛戸ちゃんの性格的に意外だよねー。ファンから声かけてもらったら逐一丁寧に返してるし。キミひねくれてるから、こういうミーハーな趣味はないと思ってたよ」
            「ひねくれてて悪かったな。暇つぶしで作ってみたら意外とウケがよくて……やめるにやめられなくなったんだよ」
             人気を集めるために動画投稿を続ける自分に、嫌気が差したこともある。
             でも、動画の再生回数やSNSのフォロワー数が伸びる快感を忘れられず、結局ウケるために続けてしまったのが本音だ。


            IP属地:浙江7楼2021-05-25 20:56
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              「いつかもっと胸を張れるくらいの投稿者になれたら、風町にも打ち明けようって思ってたんだけどな。結局、風町にも、誰にも打ち明けられず……このザマだよ」
               最初は真面目に投稿してた。でも次第に、人気を取ることばかりに意識がいって。最近は調子に乗って、投稿する必要がないこともベラベラとSNS上で発信するようになった。
               そのせいで、風町は死んだんだ。
              「俺がツブヤイターでユーバーイーツのことを話してなかったら、風町は死ぬことはなかったんだ。俺が……俺が風町を殺したも同然だ」
              「いやそれは自意識過剰。考えすぎ」
               渾身の懺悔が渋谷探偵に一蹴された。
              「悪いのはあくまで殺したヤツでしょ。こんな犯行に及ぶヤツは、仮に飛戸ちゃんが目をつけられなくても、いつか同じようなことをしでかしてたって」
              「そうですよ、飛戸さん。自分を責めたりせず、犯人探しに集中しましょう」
              「アタシらも手伝うからサクッと解決すんぞー。飛戸っちの救済と、お給料のためになー」
              「私も応援するぞ! 飛戸さんなら大丈夫だ、一緒に謎を解こう!」
               四人から温かな言葉をかけられ、少し胸が軽くなる。
               俺が犯した罪は消えない。
               でも彼女たちの言う通り、今自分が行うべきは、落ち込むことよりも犯人を見つけ出すことだ。
              「……ありがとう、少し救われたよ。俺の過去をどれだけ漁ってもらってもかまわない。だから、風町を殺した犯人を、一緒に探してくれ」
              「ふふふ、なら容赦しないから覚悟してよねぇ~♪」
               それから、ポテトとナゲットを追加で注文してから、推理という名の雑談が始まった。
               犯行時刻は昼過ぎから午後二十二時までの間。
               一番の問題は、ヒト一人分の遺体を、どのようにして誰にも気付かれずに俺の自宅内に運び入れたかだ。
               ユーバーイーツの配達員に扮したという推理は、説得力があるものの、バッグのサイズ的に一度の配達では運び入れられないのがデメリット。
               そう何度も同じ配達員が出入りしていたら、誰かが異変に気付くはず。
               つまり、そうならないためのトリックが存在するはずだ。
               それに、犯行に至った理由もまだ分からない。
               この事件にはまだ、分からないことが多すぎる。
              「飛戸っちって、意外とツブヤイター上だと紳士というか、ファンへの物腰が柔らかなんだな。アイコンのイラストもイケメンすぎ……つーか別人だろ、これ」
              「うるさいな……演奏が上手いとイケメンに思われるんだよ。だから、ファンへのレスもアイコンも意識的に爽やかな印象にしてる。ファンの理想を崩さないためにな」
              「おおー、意外とエンターテイナーしてるんだな。顔に似合わず」
              「顔に似合わなくって悪かったな!」
              「おおっ、ツブヤイターに写真あげてるこのラーメン、私も知ってるぞ! 黒いスープのジローだろ? ここウマいんだよなぁ」
              「ああ、よく知ってるな。地元だから前はよく通ってたんだよ、最近はかなりご無沙汰だけど」
              「ふふ、ひと目で分かっちゃうなんて、流石は大のラーメン党のチヨちゃんね。それにしても飛戸さんは、お写真をたくさんあげていますね」
              「いや、その、写真がない投稿は伸びが悪くて……」
              「分かる気がします。やっぱりファンがSNSに求めるのは、身近で親近感の湧く投稿ですもの」
              「イケメンな対応に身近な写真がいっぱい……あともうひと押しで、いい考えが浮かびそうなんだけど」
               渋谷探偵がポテトをつまみながら考え込む。
               俺にはまだ全然分からないけれど、彼女には何かが見え始めているようだ。
              「あーーー分かったぞ! きっと犯人は怪しまれないよう、時間帯を分けて遺体を運び入れたんだ! 最初に半分、そのあとに残り半分、ってな感じで!」
              「チョッパーにしては冴えてるな。でも多分、それは厳しいと思うぞ」
              「ええー!? どうしてだよ、ナッツ!」
              「気温を考えてみろって。今の時期にそんな長時間、遺体を放置してたら悲惨な状態になるって。飛戸っちの話じゃ、別に部屋の中が涼しかったワケでもないしな」
              「ああ。記憶する限り、遺体の状態に違いは観られなかったと思う」
              「そんな違いがあれば、流石に検死ですぐに分かるでしょうしね。遺体を複数に分けて運び入れるというのは、いいアイディアだと思いますけど……」
              「――飛戸ちゃん、ひとつ質問いいかな?」
               そこで渋谷探偵が口を開いた。
               俺がうなずくと、思いも寄らない質問を投げかける。
              「キミんちの冷凍庫ってもしかして……ずっと空だったんじゃない?」
              「えっ……ああ、まぁ。ユーバーイーツに頼り切りだったし、冷蔵庫に入れていたのはせいぜい飲み物くらいだったな。冷凍庫なんて使ってなかったよ」
              「じゃあ決まりだね。分かったよ……犯人の正体も。犯行に使われた、最悪にえげつないトリックの全貌も」
              「ど、どういうトリックなんだ!? 教えてくれ!」
              「はい、慌てない慌てなーい♪」
               前のめりになった俺の唇を指で押さえて言葉を遮り、渋谷探偵がヒヤリとするような冷たい微笑を浮かべた。
              「飛戸ちゃんもやられっぱなしはヤでしょ? せっかくだからひとつお返しをしちゃおうよ……キミの大切な幼馴染を殺した、最低の殺人鬼にね」
              ――第2幕、完


              IP属地:浙江8楼2021-05-25 20:56
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                ●最終幕『探偵ギャル・コミュニケーション』
                日が傾いて、空が茜色に染まり始めた渋谷の街。
                 駅から続く長い長い歩道橋の上に立って、その光景をスマホのカメラで写真に収める。
                 それからツブヤイターで、『渋谷駅前にて、大切なヒトと』という一文を添えて、写真を投稿。作戦の準備を終えた。
                 その光景を見守っていた丸眼鏡でセーラー服の女の子が、俺の元に歩み寄る。
                「それでは、行きましょうか」
                「ああ。付き合わせてごめんな、ミユキさん」
                 ミユキさんと一緒に歩道橋の上を歩き出した。
                 渋谷駅前のこの歩道橋は、普通のものと違って、大きな交差点を囲うように伸びていて、四箇所を結んでいる。
                 一度観たら忘れられない形だ。
                「飛戸さんは、怖くありませんか?」
                 歩きながら、ミユキさんがつぶやくように言った。
                「怖い? どうして?」
                「だって、相手は殺人鬼ですよ? それもあんな残酷な形で、あなたの幼馴染を殺して……もし犬美を同じように殺されたら、私は……」
                 そう語るミユキさんの目に涙が浮かぶ。
                 想像しただけで耐えきれなくなってしまったのかもしれない。
                 彼女にとって渋谷探偵は、よほど大切な存在なのだろう。
                「……怖いよ。それに、憎いとも思う。風町は俺にとって幼馴染以上に……何というか、憧れの存在でもあったんだ」
                「憧れ、ですか」
                「ああ。一番身近だけど、一番遠く感じる。近づきたいけど、一生追いつけない。そんな、存在」
                「ふふ、何だか犬美と私みたいですね」
                「えっ……渋谷探偵とキミが? それって、どういう意味?」
                 ミユキさんが歩きつつ、歩道橋へと差し込む夕日に目を向けた。
                 その目には、何かを羨望するような、寂しげな色が滲んでいる。
                「私は、こんな大人しい性格だから……いつも犬美に手を引っ張られてばかりなんです。何の才能もない私と違って、彼女はあんなにキラキラとまぶしい存在なのに、何故か一緒にいてくれます」
                「理由が分からなくて……苦しいのか?」
                「ええ……彼女は私に救われたって言ってくれますけど、その理由が分からないんです。どうして犬美が、こんな私を観てくれるのか分からなくて、不安になるんですよ」
                 それは俺が風町に抱いていたのと、まったく同じ想いだった。
                 風町はいつもそばにいてくれた。でも自分はそんな彼女に不釣り合いにしか思えなくて、どうして一緒にいてくれるか分からない。一緒にいると楽しいけど、同時に不安になる。
                 そんな、愛しくも憎らしい相手。
                 目の前の女の子が、まるで自分の生き写しのように感じられて、胸がチクリと痛んだ。
                「その本音、渋谷探偵に伝えた?」
                「えっ……いや、それは……」
                「きちんと伝えた方がいいよ。俺みたいに、一生伝えられなくなったらいけないからさ」
                 歩道橋に差し込んでいた夕日が薄れていく。
                 まるで光が閉ざされていくみたいに、空に拡がる夕闇色。
                 夜は時間さえ経てば明ける。
                 でも今の俺の心にはもう、夜明けなんて訪れない。
                 どれだけ願っても、風町の真意を訊くことは叶わないのだから。
                「ミユキさんには、俺みたいにならないで欲しいんだ。今みたいに、犯人を追い詰めて、復讐に走るような男にはさ」
                 振り返ると――暗がりが包み始めた歩道橋の上に、漆黒のワンピースの女が立っていた。
                 女だと思ったのは、髪が腰まで伸びているからだ。
                 でもキレイなロングヘアじゃないことは遠目でも分かる。
                 ナッツのようなヘアスタイルではなく、無造作に伸ばし続けたという印象だ。
                「飛戸さん、あの人に見覚えはありますか……?」
                「いや、まったくないね。渋谷探偵の推理通りみたいだ」
                 今目の前に、この犯人と思しき人物が出てきたこと自体、渋谷探偵の推理の正しさを表している。
                 先ほど投稿した写真は謂わば撒き餌。
                 俺のツブヤイターを監視し、住まいや居場所を特定していたであろう人物を、この歩道橋へ誘き寄せたんだ。
                 それにしても、投稿してから僅か十分弱だ。
                 異常とも言えるスピードに戦慄せざるを得ない。
                「な、なぁそこの人、ひとつ質問いいかな?」
                 勇気を振り絞って声をかけたものの返事はない。
                 しかし怯まず、言葉をかけ続ける。
                「多分ツブヤイターで話しかけてくれていた人だよな? 名前を、教えてくれないか? キミと仲良くなりたいんだけど……本当に申し訳ないことに、名前が分からないんだ」
                「……す」
                「は?」
                 やっと返事が返ってきたものの、聞き取れなかった。
                 何て言ったんだ?
                 その疑問に答えるように――女が地面を蹴るようにして走り出し、叫ぶ。
                「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すーーーーーーーーーーーーー!!!!」
                 同じ言葉を連呼しながら俺に向かって迫ってくる女。
                 その手には、ノコギリ状の刃をしたナイフが握られていた。
                 人間とは思えないバタバタバタという足音が驚異的な速さで迫ってくる。
                「ひ、飛戸さん! どうしましょう、プランにない展開です!」
                「あ、え、えーと、えーと……」
                 予想外の展開。
                 まさか、俺に殺意を向けるとは。
                 今すぐ悲鳴をあげて逃げ出したい気持ちが胸の中で膨らむ。
                 隣のミユキさんも既に涙目で、今にも地面へ崩れ落ちてしまいそうだ。
                ――俺がしっかりするしかない!
                 そこで、渋谷探偵から万が一のためにと預かっていた護身グッズの存在を思い出す。
                 恐怖心を何とかこらえて、懐から催涙スプレーのボトルを取り出し、女に向かって構えた。
                 射程は2~3メートル。
                 ギリギリまで引きつけないと、意味がない。
                「もう逃げるか……逃げてたまるか……もう、後悔なんてしない!」
                 バタバタバタバタバタバタ。
                 裂けんばかりに口を開いた女が、気味が悪い足音と共に迫りくる。
                「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すーーーーーーーーーーーーー!!!!」
                 外したら恐らく殺される。
                 全身からドッと冷や汗が吹き出し、ボトルを握る手が滑らないか心配でならない。
                 その恐怖心を必死に抑え込みながら、俺は女が射程距離に入る瞬間を待ち続けた。
                 バタバタバタバタバタバタ。
                ――残り5メートル。
                 バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ。
                ――残り4メートル。
                 バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ。
                ――残り3メートル!
                 今だ――
                「殺されて、たまるかよ!!!」
                 ボトルのボタンを押し込むと同時に、ノズルから白い飛沫が水鉄砲のごとく噴出。
                 勢いよく噴出された飛沫は女の顔へと見事に直撃した。
                 同時に、女の目が大きく見開かれ、断末魔めいた絶叫を発した。
                「ぎゃあああああああああああっ!?」
                 足を絡ませて床へと転倒し、顔を袖でゴシゴシと拭い始める女。
                 でもそれでは、余計に薬品が目に入っていくのか、更に耳障りな悲鳴をあげるばかりだ。
                 これでもう誰かを襲うことはできないだろう。
                 緊張が解けると同時に足が震え出し、俺はその場へと崩れ落ちる。
                「仇はとったぞ……風町」
                 そんな俺の呟きに応えるように、風町を想わせる温かい夜風が、歩道橋の上を吹き抜けていった。
                ――最終幕『探偵ギャル・コミュニケーション』


                IP属地:浙江9楼2021-05-25 21:03
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                  「飛戸ちゃん、大丈夫だった!?」
                   脇で待機していた渋谷探偵に、チョッパーとナッツ、それから数人の警察官が駆け寄ってきた。
                  「危険な目に遭わせてマジごめんね。でもキミの頑張りのおかげで、証拠不十分でも現行犯で逮捕間違いなしだよ♪」
                  「リスクは承知でアンタの作戦に乗ったんだ、気にしないでくれよ」
                  「騙した! 私を騙したーーーーーっ! その男が私を騙したんだーーーーー!」
                   警察官たちに押さえ込まれながらも、犯人の女がなお絶叫する。
                   ろくに話が通じそうにない。
                   同じ人間とは思えないその異常な雰囲気に、俺はゾッとする。
                  「お、おいおい、怖いぞコノヤロー! なぁ、私たちにもそろそろ真相を教えてくれよー!」
                  「そうそう。あの怖い女の人は何なんだよ。どうして飛戸っちに襲いかかってきたんだ?」
                  「ごめんごめん。バタバタしてて、二人には説明してなかったね。今回の事件の真相を教えてあげるよ」
                   渋谷探偵に目で促されて、俺は自分のスマホを取り出した。
                   画面に表示するのは、よく利用するSNS――ツブヤイターだ。
                  「ずばり言うとね、あの女性はツブヤイター上で飛戸ちゃんと繋がっていた人物。動画投稿者である飛戸ちゃんにガチで恋しちゃったヒトだよ」
                  「所謂、ガチ恋勢というものね」
                   ようやく落ち着きを取り戻したらしいミユキさんが、普段通りの柔和な笑みをたたえて言葉を続ける。
                  「顔も名前も知らない相手に恋をする。インターネット上では別に珍しいことじゃないわ。今回の事件は、ネット上で生まれた飛戸さんへの片思いが原因だったの」
                  「ネ、ネット上での片思いー? でも飛戸さんは相手を知らないんだろ? 何でネットの知り合いが飛戸さんの住所を知ってるんだよ」
                  「飛戸ちゃんは地元のラーメン屋の写真とか、プライベートの写真ガンガンあげてたからねー。別に身近な人じゃなくても、住まいを特定することは簡単なの」
                  「そんな簡単に特定ってできんのかよ……めちゃくちゃ怖いんだが」
                  「住所と部屋の間取りさえ分かっちゃえば余裕みたいだね。ほら、同じ地域に間取りがまったく同じアパートなんてなかなかないっしょ?」
                  「その上、俺は部屋の窓から見える風景まであげてたからな……特定は余裕だったと思う」
                  「今はネット上のマップを使って、実際の風景写真を見ることもできる時代。チヨちゃんもナッちゃんも、ネットに写真をあげる時はよく注意するようにね?」
                  「き、気をつける……私、よくラーメンの画像あげるから」
                  「試しにアタシが特定できるか試してみようか? チョッパーの特定とか余裕そうだし」
                  「おいナッツ! 怖いこと言うなよー!」
                  「ねぇ犬美、ところで、鮎見さんの遺体を目立たずに運び入れた方法は何だったの? チヨちゃんが言ったみたいに、分けて運び入れたんでしょう?」
                  「それは俺も気になってた。ユーバーイーツの配達員に化けて俺がいない間に忍び込むとしても、どうやって人間一人を俺の部屋まで運び入れたんだよ」
                  「ふふ、答えはとってもシンプルだよ」
                   渋谷探偵はスマホを操作して、一枚の写真を画面に映してみせた。
                   そこに映っているのは俺の部屋の冷蔵庫。
                   写真と共に『これだけデカい冷蔵庫に、飲み物しか入れてないとか無駄がスゴい』という、いつかの俺の呟きが添えられている。
                  「飛戸ちゃんが全然使えてない冷蔵庫。その冷凍室に、遺体の一部は保管されていたんだよ」
                  「ええ!? 冷凍室に!?」
                   あまりの信じがたさに思わず声が裏返ってしまった。
                   いくら冷凍庫を使わないことをSNSで発信していたとは言え、まさかそんなことがありえるのか……?
                  「飛戸ちゃん、冷凍庫で氷とか作ってた?」
                  「い、いや……どうせ使わないから、何も」
                  「やっぱねぇ。もし遺体を数日間冷凍庫に入れられていたって、気付けなかったでしょう?」
                   何も反論できない。
                   もし犯人が俺の部屋を下見していて、冷凍庫の中身を見ていたなら、遺体を保管してもバレないと思っても不思議じゃないだろう。
                  「犯人は数日間に分けて、ユーバーイーツの配達員に扮して現場のアパートに訪れてた。それで、訪れるたびに飛戸ちゃんちの冷凍庫へ遺体の一部を保管していたの」
                  「なるほどな。今の御時世、毎日配達員の姿を見たって誰も不思議に思わない。それに、冷凍庫に入れるだけの作業時間ならすぐ済むもんな」
                  「ちょ、ちょっと待って! 鍵は? 部屋の鍵はどうしたんだ? いくら飛戸さんがドジでも、毎日かけ忘れることはないだろ?」
                  「住所を特定するくらいの人だもの。きっと合鍵を作ったんだと思うわ」
                  「そう言えば俺……郵便受けの中に予備の鍵を入れっぱなしだ」
                  「飛戸ちゃん、マジで危機意識が皆無だよね―……ウチが戸愚呂なら桑原ブッ刺してるわ」
                   渋谷探偵が俺の額を指で一発小突いたあと、解説を続ける。
                  「まぁあとは簡単だね。事件の当日、飛戸ちゃんが帰ってくる前に冷凍庫に保管していたものと、バッグで運んできたものを組み合わせて、机の上に並べたら完成」
                  「俺が毎日ユーバーイーツを利用していたこともあって、怪しい目撃情報は出てこずに、自然と俺に疑いが向くって寸法か」
                   今の時世でかつ、俺の行動を完全に把握していたからこそ成立するトリック。
                   何よりも、俺がこの数日過ごしてきた部屋の中に、風町の遺体の一部が仕舞われていたと思うと、背筋が凍る心地がした。
                  「ヒューイットさん! ねぇヒューイットさん、どうして私を裏切ったの!?」
                   警察官に羽交い締めにされた状態で女が叫ぶ。
                   『ヒューイット』というのは、俺の動画投稿者としてのペンネーム。
                   渋谷探偵の予想通り、ネット上での俺のファンであることは間違いないようだ。
                  「あなたに会うために私はがんばったのに! 肝心なあなたは、よく分からない女から手料理なんて受け取ってて……本っ当に! 胸が引き裂かれるような心地を味わったわ!」
                  「手料理って……風町からもらった煮物のことか?」
                   六日前に風町から煮物をもらったのを、あの女は見ていたのか。
                   まさか、それだけで風町の殺害を?
                   いや流石に短絡的すぎる。そんなことはない。ありえない。
                   ところが女は俺の予想を裏切って、更に呆れたことを語り出す。
                  「だから殺してやったのよ! 私とヒューイットさんの仲を掻き乱すバカ女をね!! ヒューイットさんも勘違い女がいなくなって嬉しいでしょ!? そうでしょ!? そうよねぇーーー!?」
                  「お、お前……何言ってんだよ」
                   呆れを通り越して、怒りすら込み上げる。
                   こんなバカな女に風町が殺されたなんて、信じられない。
                   握り潰れんばかりに拳を握り込んでしまう。
                   警察に捕まってもいいから、この女を殴ってしまいたい。
                   このやり場のない怒りを、俺はどうすればいいって言うんだ。


                  IP属地:浙江10楼2021-05-25 21:06
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                    「ねえ、飛戸ちゃん。ここは、ウチにまかせてもらえないかな?」
                     俺の握り拳に渋谷探偵が触れ、優しく微笑みかけた。
                    「飛戸ちゃんの怒りは分かるよ。ウチもミユキたちが殺されて、今みたいな発言をされたら、殴りたくもなるもん。でも、殴ったってあの子は後悔したりしない」
                    「それは、分かってる……でも、俺は――」
                    「だから、ウチがあの子をちゃんと反省させたげる。だから、ここで大人しく待っててよ♪」
                     そう言ってウインクをすると、渋谷探偵は未だ警察官たちに押さえられ続ける犯人の女へと近づいていった。
                    「警察のお兄さんたち、ちょっといい?」
                    「お、おい渋谷探偵、何する気だよ!?」
                     いくらコミュニケーションが得意とは言え、今あの女と意思疎通が図れるワケがない。
                     話しかけたって無意味だ。
                     だというのに渋谷探偵は、俺の言葉に聞く耳も持たず女の前へと座って話しかけ始めた。
                    「キミ、飛戸ちゃん……いや、動画投稿者のヒューイットさんが好きだったんでしょ?」
                    「ええ、そうよ! 私たちは心が通じ合ってたの! 私はずっとヒューイットさんを応援してきたし、ツブヤイターで何度も話しかけたわ! ヒューイットさんだって私を好きなはずなのよ!」
                    「ああ、そうなんだ。昔っから大ファンだったワケだね」
                    「なのにあの男はネット上でしか私を見てくれなかった! 他の女ばかり見て、私を裏切って……許せない! だから殺してやったの! 今度こそ、ちゃんと私を見るようにね!」
                     『知るかよ』と吐き捨ててやりたくなる。
                     俺はこの女が誰かも知らないのに、八つ当たりもいいところじゃないか。
                     そんな身勝手な理由で風町を殺されたことに、怒りを覚えずにはいられない。
                     一言文句を言ってやろうと近づこうとすると、渋谷探偵がこちらに手のひらを向け、動きを止めた。
                    「んで、キミは一回でも飛戸ちゃんに想いを伝えたの?」
                    「えっ……つ、伝えてないわよ! 伝えられるワケないじゃない!」
                    「どうして? 好きだったんでしょ? こんな殺人事件まで引き起こしておいて、何が怖いワケ?」
                    「気付かない方が悪いのよ! 私はこんなにも想ってるのに、どうして気付かないの!? 気付かないなんておかしいわ! おかしい! おかしい! おかしいーーーー!」
                    「おかしくないっつーの。言葉にしなきゃ伝わるワケないでしょうが」
                     警察官たちが制止するのも聞かず、渋谷探偵が女の両肩を掴み、目をしっかりと合わせて語る。
                    「ほら、これが本当のコミュニケーションってヤツね。一方的じゃダメ。ちゃんと目と目を合わせて、言葉を交わして、気持ちをぶつけるんだよ」
                    「やめてよ!!! どうせアンタも見下す気でしょ!? こんな見た目の私とちゃんと話し合う気なんてないに決まってるじゃない!」
                    「話し合う気がないのはアンタの方じゃん」
                     渋谷探偵が更に、女と鼻先がぶつかりそうな距離まで顔を近づけた。
                    「嫌われるのが怖いから、自分から嫌いになって距離をとるんでしょ? 現実を見たくないから、盲目的に相手を好きになるんでしょ? アンタはそうやって、ヒトとの対話から逃げてきただけ」
                    「き、き、き、き――」
                     視線と逸らそうとした女の両頬を手で掴み、渋谷探偵は強い口調で更に語る。
                    「もう、逃げんなよ。アンタ自身が怖いだけのくせに、相手に責任を押しつけんな。ウチはいくらでもアンタと対話したげるからさ、アンタもちゃんと、ウチと向き合いなさい」
                    「き――きぃぃぃいいぃいいいああああああああああっ……!」
                     女の口から漏れ出す声にならない叫び。
                     それは、まるで悲鳴をあげるようにも、泣きじゃくるにも感じられた。
                    「アレは……殴られるよりもキツいだろうな」
                     あの女が言われたのはただの正論。
                     でもきっと、誰しもが分かりつつも、目を向けたくない言葉だ。
                     実際、傍から聞いていただけの俺の胸にも、十分刺さっていた。
                     それから女は、事切れたみたいに意識を失ってしまい、そのまま警察官に連行されていくのだった。
                     現場に残された渋谷探偵は、三人の友人たちと肩を抱き合って大いに喜ぶ。
                    「事件解決イエーイ! これで序列も上がるし、お給料もガッポリ!」
                    「やったな、ワンコ! やっぱりお前はスゴいヤツだコノヤロー!」
                    「アタシらもちょっとは活躍したんだし、このあとメシでも奢れよな」
                    「犬美、お疲れ様。鮎見さんの仇がとれて……よかったね。普段は行かない郊外まで出向くくらい、この事件に入れ込んでたし」
                    「えっ?」
                     意外な情報を耳にして、思わず渋谷探偵を見やった。
                     気恥ずかしそうに鼻をかきながら渋谷探偵は苦笑する。
                    「幼馴染を殺したなんて罪を着せられたら……やっぱヤじゃん? 飛戸ちゃんの冤罪を晴らすことができて、よかったよ」
                    「渋谷、探偵」
                     そこで俺は警察官から声をかけられた。
                     どうやら事件のことで、犯人の女との関係など、色々と訊きたいことがあるようだ。
                     俺自身も協力したいと思っていたし、迷わず承諾した。
                    「えー!? 飛戸ちゃん、行っちゃうワケ? 警察と話すのはあとにして、一緒にご飯食べに行こうよ! 奢ったげるからさー!」
                     渋谷探偵が俺に腕を絡めて、引き留めようとする。
                     きっと傷心であろう俺を気遣ってくれているんだ。
                     目の前の少女が、気安い態度の裏に他者への配慮と優しさを隠していることを、俺はこの一日でよく学んでいた。
                    「気持ちだけ受け取っておくよ。この事件は結局、俺の不始末が起こしたものだからな……ちゃんと最後まで、見届ける義務があると思うんだ」
                    「飛戸、ちゃん」
                     渋谷探偵が驚いたように目を丸くし、フッと表情を和らげた。
                    「ちょっとカッコよくなったじゃん。もう少しカッコよくなったら一緒に遊びに行ったげてもいいからさ、その調子でがんばりなよ」
                    「ありがとう。またな――渋谷探偵」
                    「うん、また会おうね」
                     そう言い残すと、渋谷探偵は三人の友人たちと一緒に去っていった。
                     賑やかだった歩道橋が一転、下の道路を走る車の音だけが響く静かな空間へと変わる。
                     何だか、先ほどまでの渋谷探偵との会話が、夢なのではないかと思えてきた。
                    「コミュニケーション推理、か」
                     最初はピンとこなかったけれど、やっと腑に落ちた気がする。
                     今回の事件は、今どきの時世を知っていなければ解けなかったし、奇抜な発想も求められた。
                     それに犯人の犯行に至った原因もまた、『対話』の不足だ。
                     仲間とも、犯人とも、『対話』を大事にしている渋谷探偵だからこそ解決できた事件、なのかもしれない。
                    「おっと、ボーッとしてすみません。それじゃあ行きましょうか」
                     警官に促されて歩き出す。
                     真犯人こそ捕まったものの、大変なのはこれからだろう。
                     俺は風町の両親に、これから一生をかけて償っていきたい。
                     いくら拒絶されたって、この意志を曲げるつもりはない。
                     それが風町とも、他のみんなとも『対話』を怠ってきた俺にできる、唯一の贖罪。
                     俺はもう二度と逃げたりせず、自分の罪と向き合っていくんだ。
                    ――最終幕、完


                    IP属地:浙江11楼2021-05-25 21:10
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                      ●幕間『愛沢美幸《あいざわ みゆき》』
                       渋谷駅のホームで、ウチはミユキと二人きりになった。
                       普段はごった返すホームも昨今の騒ぎ――八ツ裂き公事件の影響で、普段よりヒトが少なめに感じられる。
                      「渋谷も……かなりヒトが減ったね」
                      「そだね~。みんな外出が怖いんでしょ。いつ、八ツ裂き公に狙われるか分かったもんじゃないしさ」
                      「ねぇ、知ってる? 『必ず二人一組で殺される』ってウワサが流れて……単独で行動するヒトが増えたんだって」
                      「え? じゃあウチらヤバいじゃん? 狙われたらどうする? とりま死んだふり?」
                      「クマにも効かないらしいのに、八ツ裂き公に効くかなぁ……」
                      「まぁ大丈夫だって。何があったって、ミユキのことはウチが責任を持って守るからさー」
                       今回、飛戸ちゃんの事件を解決する中で、改めて幼馴染の大切さを実感した。
                       チョッパーとナッツのことも大好きだけど、ミユキは特別。
                       飛戸ちゃんみたいに後悔しないよう、いつだって全部想いを話して、いつだって守れるようにしたいと思う。
                      「ね、ねぇ……犬美はどうして、私なんかをかばってくれるの?」
                      「どうしてって、幼馴染だからじゃん?」
                      「いや、でも……私は犬美と違って頭もよくないし、要領だって悪いのに、それなのに……」
                      「バッカだなぁ、そんなこと気にしてたワケ?」
                       ミユキの震える手を握り、そのまま自分の胸へと引き寄せた。
                      「覚えてないの? ウチが大阪からこっちへ引っ越してきた時、大阪弁が恥ずかしくて、ろくに話せなかったでしょ? 大阪人なのに無口だなんて~って、よく笑われてたよね」
                      「ああ、懐かしい。そんなこともあったねー、それでも犬美はすぐに打ち解けて、スゴいと思ったよ」
                      「何言ってんの? それはミユキがウチに、『そのままの話し方でも犬美はカワイイよ』って言ってくれたからなんだよ?」
                      「え……? 私が? 犬美に?」
                       丸眼鏡の奥のどんぐり眼が、驚いたみたいにパチクリする。
                       やっぱり覚えてなかったか。
                       まぁきっとこの子にとっては何気ない言葉だから、仕方ない。
                      「ミユキがありのままのウチを受け入れてくれたから、ちゃんと話せるようになったの。まぁ東京人っぽくありたかったから、話し方もどんどん直していったけどさ」
                      「今でも残ってるのは『ウチ』って呼び方だけだもんね。犬美の順応性の高さ、本当にスゴいと思うよ」
                      「スゴいのは、ミユキの方だってば」
                       胸に引き寄せたミユキの手を両手で包み込んで、笑いかける。
                       ちゃんとウチの想いが届くことを、祈りながら。
                      「ミユキがいつも遊ぶのも我慢して、病気のママさんのお世話をしてるの知ってるよ。ママさんみたいなヒトを救える医者を目指して努力してることも、ウチは知ってる」
                      「そ、それは……」
                      「暇潰しに探偵ごっこに興じてるウチなんかとは違う、ミユキは本当に優しくて、努力家だよ。だからこそ……心配なんだ。色々と我慢してるんじゃないか、ってさ」
                       これまでずっと言えずにいた言葉をようやく口にできた。
                       今日の事件で、飛戸ちゃんが後悔していたのを見たおかげだ。
                       最近のミユキはどこかおかしい。
                       顔色がよくないし、ウチを見る目がどこか寂しげで。
                       何だか、どこか遠くへ行ってしまうような、奇妙な不安に襲われる。
                       幼馴染だからこそ気恥ずかしかったけれど、気にしない。
                       ウチは後悔したくない。
                       だから正直に、最近のミユキに抱いていた想いを口にする。
                      「最近のミユキ、何か変じゃない? 何かあったなら話してよ。ウチはこれでも探偵だし、きっと力になれると思うからさ」
                      「犬美……」
                       ミユキがウチの手を握り返した。
                       それから、目に涙を浮かばせて、困ったように笑う。
                      「ありがとう。その気持ちだけで、私はがんばれるよ。だから……大丈夫。犬美は、何も気にしないで」
                      「ミユ、キ――?」
                       その時、ホームに電車が入ってきた。
                       ミユキはウチの手を振り払ったかと思うと、扉が閉じる寸前に車両へ飛び込んでいった。
                       まるで、ウチから逃げるみたいに。
                      「ミユキ!?」
                       扉が完全に閉じ、手が届かなくなる。
                       鋼鉄の箱が、ウチの視界からミユキを連れ去っていく。
                      「ミユキ! ねぇ、今のどういう意味!? 気にしないでって、どういうこと!?」
                       走っても追いつけずに、ミユキを乗せた電車はあっという間に視界から消え去っていった。
                       息も絶え絶えに、ホームに座り込んだウチは、ミユキが口にした言葉を反芻する。
                      「その気持ちだけで私はがんばれる、って……何をがんばるの? ミユキ、あなたの身に、何が起きてるの……?」
                       胸の内で膨らんでいく、言いようのない不安。
                       ホームに響く電車の発射音が耳障りに感じられて、耳を塞ぎたくなる。
                      「きっとウチの勘違い、なんだよね……? そうなんだよね? そうだと言ってよ、ミユキ」
                       それから三日後、探偵同盟から新たな八ツ裂き公による被害者の名前が明かされた。
                       被害者の名前は愛沢美幸と愛沢美咲――ミユキと、彼女の母親が二人同時に殺されたことを知り、ウチは復讐を誓うのだった。
                      ――END


                      IP属地:浙江12楼2021-05-25 21:10
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                        居然有小说


                        IP属地:浙江来自Android客户端13楼2021-05-26 06:41
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                          有没有理想侦探的小说呀
                          想看


                          IP属地:海南来自Android客户端14楼2021-05-27 09:24
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                            本篇主要介绍了涩谷侦探主要解决的事件【池袋切断魔事件】,讲述了涩谷侦探与青梅竹马美幸的友情


                            IP属地:浙江15楼2021-05-28 20:26
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