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官方web小说外道侦探篇《探偵失格-新宿レインウォーカー事件》

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 雨の日の新宿には死体が増える。
 そうウワサされ始めたのは、今からおよそ三ヶ月前の話だ。
 そのウワサが真実であることは、日を追うごとに証明されていった。
 新宿で発生する連続殺人事件の共通点が、必ず雨の日に行われることだったからである。
 通りを歩いているところを、突然ナイフで心臓を一突き。
 狙われる対象に共通点はなく、目撃証言は僅か。
 手がかりは、犯人がレインコートらしきものを着ていた、という不確かな情報のみ。
 その通り魔的な犯行に人々は恐怖し、雨の日には新宿の人通りが減り始めている。
 そして自然と、一連の事件の犯人はこう呼ばれ始めた。
 『雨空の散歩者《レイン・ウォーカー》』と。


IP属地:浙江1楼2021-05-26 20:33回复
    ●第1幕『外道探侦』
     都内某所。
     マンションにカモフラージュされた监狱の一室で、私は新宿レインウォーカー事件の経纬をすべて语り终えた。
     テーブルを挟んで向かい合う男は、珈琲カップの中でプラ制のスプーンを泳がせながら、口角をつり上げる。
     両の手首に、银色の手锭をかけられた状态で。
    「雨の日に人を杀すために散歩して回るレインウォーカーか……そそる事件だねぇ」
    「お気に召したようで安心しましたよ、银噛《ぎんがみ》さん」
    「おいおい、その名前はよしてくれよ。今俺は“杀人鬼”としてではなく、“探侦”としてキミと向かい合っているんだ」
     男がごわごわの长い前髪を手で梳かし、その奥のメガネを指で押し上げた。
    「俺のことは『外道探侦』と呼んでくれ。探侦同盟からも、そのように指示を受けているだろう?」
    「……失礼しました。确かにその通りですね、外道探侦」
     双眸は眼镜のレンズ越しでも射杀されそうなほど锐く、口には余裕の笑み。身体にフィットしていて细身の体型が浮き雕りとなる薄手の服装に、足まで伸びた后ろ髪をリボンで结んだ髪型。
     そして全身から漂う、深夜の外気のように冷めたい空気感。
     これが、本物の杀人鬼でありながら探侦として活动する男、『外道探侦』か。
     警察と协力関系にある探侦派遣组织『探侦同盟』においても、かなり异色の男だというウワサは本当らしい。
    「それにしても、密室で二人きりでの面会なんて、よくOKしてくれたものだね。普通の子なら、怖くて耐えられないよ?」
    「それが、协力する条件なのでしょう? であれば従いますよ。たとえ杀人鬼であっても、こちらはあなたに、捜査协力を依頼する侧ですからね」
    「クヒヒ、素直だねぇ。素直な子は好きだよ。キミも俺の自慢の珈琲を饮むかい?」
    「结构です。早く话を先に进めましょう」
     目の前の男は著名な杀人鬼。
     これ以上、无駄话を続け、取り込まれてはいけない。
     手锭をかけられたまま器用に珈琲を饮む外道探侦には构わず、私は话を続ける。
    「ここまでの话を闻いて、どう思いますか?」
    「黒髪ならもう少し、髪が长い子の方が好きかな。そのショートボブもよく似合っているし、锐い目つきは俺好みだけどね」
    「私の印象ではなく、事件について讯いてるんです」
    「あ、そっちか。ソーリー、ソーリー♪」
     落ち着け、青叶瑠璃花《あおば るりか》。
     この程度の挑発に乗せられるな。
     私を见てニヤニヤしている様子は腹立たしいが、まともに付き合ってはいけない。
    「警察は未だにレインウォーカーの*尾をつかむどころか、その残像すら捉えられていない状态です。六月に入ってしまう前に、何とか事件を解决したいと思っています」
    「……なるほど、梅雨入りを警戒しているわけか。犯行が雨に関连しているとしたら、确かに大変な事态に陥ってしまう。キミの“お上さん方”が焦るのも无理からぬ话だよねぇ」
    「ええ……その通りです」
     流石、话の饮み込みが早い。
     ただでさえ数ヶ月事件の进展がない状况。
     今のまま梅雨入りして被害者の数が増えれば、警察の面目は丸溃れだ。
    「ですから我々は耻を忍んで、あなた方『探侦同盟』に捜査协力を申し出たのです。そこで绍介されたのがあなたでした」
    「クヒヒ……理想探侦の指示だね。まぁこの不可解な事件を纽解くにはまず何よりも、杀人鬼の思考を理解する必要がある。俺が适任というわけだ」
    「あなたが、杀人鬼だからですか?」
    「ああ、俺が杀人鬼だからだよ」
     つい口から出た皮肉にも动じず、満面の笑颜で返す外道探侦。
     普通に话している分には、人懐っこい気さくな青年のようにも思える。
     しかし彼の过去やこの部屋の状况が、私に嫌でも警戒心を抱かせてしまう。
     一见すれば何の変哲もないワンルームだが、テーブルも椅子も本棚も床や壁に溶接済みだ。外道探侦が手にするカップも、それに付随するスプーンや皿もすべてプラ制。凶器となりうるものが、不自然なまでに排除されている。
     壁には至る个所に监视カメラを设置。
     出入り口となる扉は外からしか开けられない电子ロック形式で、窓は皆无。
     このワンルームは、现在の法律では裁けない目の前の男を缚りつけるための牢狱なのだと、否が応でも察せられた。
     いくら扉のすぐ外で警备员たちが控えているとは言っても、紧张せざるを得ない。
    (过去に母亲杀害の罪で施设へ送られ、その后も杀人を続けた狂気の人物『児童A』……その残忍さから、今では报道禁止扱いの凶悪犯が、私の目の前にいる)
     憧れの警察庁に入って三年。
     初めて遭遇する正真正铭の杀人鬼を前に、私は心臓の高鸣りがバレないよう、表情を取り缮うことしかできなかった。
    「それで刑事さん、俺は何をすればいいんだい? できることなら、久しぶりに外へ出たいものなのだけどね」
    「お望み通り、実际に外で现场を见ていただきます。ただし、私と一绪にですが」
     私の言叶を受け、外道探侦はメガネの奥の目を丸くした。
    「へぇ、キミと一绪にか。见るからにキャリア组だと思っていたけど、危険な现场にも出るんだねぇ」
    「……ええ。私は、今回の事件の捜査のために急遽创设された『特殊事件対策班』の班长。あなたと共に捜査に当たることが任务ですから」
    「なるほど。明らかに厄介な凶悪犯との共同捜査は、女性のキャリア组に押しつけるというわけだ。素晴らしい组织だねぇ」
    「知ったようなことを言わないでください!」
    「おおっと、ごめんごめん♪」
     声を荒げた私にニヤけ面を返す外道探侦。
     ……やってしまった。
     これでは、肯定しているのと変わらないではないか。
     外道探侦の言う通り、この人事は明らかに、目の上のたんこぶである私への当てつけ。
     ただでさえ女性の升进を嫌う组织内において、キャリア组でかつ顺调に実绩をあげる私の存在は目障りなのだろう。
     ――杀人鬼との共同捜査などトラブル必至なのだから、青叶に押し付けてしまえ。
     そんな上司たちの心の声が闻こえてくる人选だった。
    「……捜査は明朝から始めます。资料をお渡ししますので、捜査までに読んでおいてください」
    「オーケー、マイ・パートナー★ ところで、そろそろキミの名前を教えてくれないかな。相棒になる相手の名前も知らないなんて、悲しいよ」
    「……警部补の青叶瑠璃花です。よろしくお愿いしますね、外道探侦さん」
    「よろしくね、るりちゃん♪ ああ、そうだ。これから昼食を作るんだけど、キミも食べていかないかい?」
     外道探侦が立ち上がり、部屋の脇の冷蔵库へと近づいて、卵とケチャップを取り出した。
    「とは言っても、残念ながら刃物の类は禁止されているから、卵料理ばかりだけどね。オムレツは好きかな?」
    「い、いえ、お気になさらず」
     思わぬ提案につい声が上擦ってしまった。
     杀人鬼の手料理など空腹でも食べる気は起きない。
    「というより、るりちゃんなどと軽々しい呼び方はやめてください。私はアナタの上官、年齢だって上です」
    「固いねぇ。もしかして、卵料理は固ゆで卵《ハードボイルド》派だったかな? 気が利かない男でごめんよ、るりちゃん」
    「次にその名前で呼んだら、料理などできないよう指も拘束しますよ」
    「おおっと、ソーリーソーリー。この何もない部屋で唯一の娯楽を失ったら、退屈で死んでしまう、勘弁してくれよ」
     おどけた态度で谢罪する外道探侦を见て、ついため息が漏れ出た。
     私は命を救うために警察になったというのに、こんな理解不能な杀人鬼と手を组むことになるなんて、なんという皮肉だろう。
     憧れの游上《ゆがみ》巡査部长に、合わす颜がない。
    (あれ? そう言えば……游上巡査部长は新宿の交番に所属していたはず。もしかして明日の捜査では……)


    IP属地:浙江2楼2021-05-26 20:36
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      「ぐ、ぁ……」
       その時、すぐ目の前からうめき声と、何かが床に倒れる音が聞こえた。
       見ると、外道探偵が床にうつ伏せに倒れ、顔の辺りから真っ赤な血溜まりが広がり始めている。
       まさか、誰かが外道探偵に毒を!?
      「外道探偵! 大丈夫ですか!?」
       呼びかけても返事はない。
       ひとまず状況を把握するために、私は外道探偵へと駆け寄っていく。
      すると――
      「ゆ、油断、しすぎだよ……るりちゃん!!!」
       倒れていた外道探偵が急に立ち上がり、私に飛びかかった。
       そのまま背中から床へと押し倒され、眼前に何かを突きつけられてしまう。
      「ひっ!」
       それはプラ製のスプーン。
       先ほどまで外道探偵が手にしたいティースプーンだ。
       いくらプラ製とは言っても、このまま突っ込まれれば、私の眼球は……
      「クヒヒ……刑事ならもっと疑ってかかろうよォ……? こーんな古典的な罠に引っかかっちゃってさぁ……」
       ゲラゲラと笑う頭上の外道探偵の口元から、赤い粘液が私の頬へと滴り落ちる。
       ケチャップの酸っぱい香りが鼻腔にツンと広がった。
      「先ほど手にしていたケチャップですか……」
      「御名答ぉ……キミはスゴく正義感が強いみたいだけど、もっと気をつけた方がいいねぇ。でないと足元をすくわれちゃうよ? 今みたいにさ」
       ――やられた。
       この状態では、人質にならざるを得ない。
       バタバタと部屋に駆け込んでくる警備員たちの足音が聞こえたけど、彼らは何もできないだろう。
       ただ不思議と、先ほどまで高鳴っていた心臓は、水を打ったように静まり返っている。
       理由はひとつだ。
      「私の眼球でよければあげます。欲しければ、命もどうぞ」
       私の言葉が意外だったのか、外道探偵の目が丸くなる。
      「……おいおい、自暴自棄かい? 生きることをそう簡単に諦めちゃダメだ。もっと必死に生きなよ」
      「私が原因であなたを世に放てば、より多くの死者が出る。なら、私の選択肢はひとつだけです」
       決意を固め、懐から“例の物”を取り出した。
      「死ぬ前にこの『探偵デバイス』で、あなたを道連れにします」
      「探偵デバイス……? なぜ、刑事のキミが……」
       私はこの任務を受ける際、『理想探偵』を名乗る探偵同盟のリーダーから、簡単な手術を受け、特殊な電子機器をもらった。
       それが探偵デバイス。
       探偵同盟のメンバーが持つという高性能な電子タブレットだ。
       探偵デバイスには、デバイス同士でやり取りをする機能の他に、特殊な機能が備わっている。
      「外道探偵、あなたの首には『首輪』と言う遠隔式の爆弾が着けられているそうですね。理想探偵によれば、今『首輪』は私が探偵デバイスから『命令』を下すだけで、爆破する状態らしいですよ」
      「……なるほどね」
       外道探偵の顔から笑みが消えた。
      「流石は理想探偵。俺の行動もお見通しというワケだ……でも、いいのかい? この距離で爆破したら、キミも死ぬよ」
       ――死ぬ。
       その言葉が、昔ビルの屋上から飛び降りようとした時の記憶を想起させる。
       しかし、眼前の凶器の威圧感のおかげで、逆に冷静になれた。
       死ぬことは、もう何年も前から、覚悟している。
      「私の命で、より多くの命を救えるなら本望です」
      「……なるほど、それがキミの信念か」
       外道探偵がおもむろにスプーンを後ろに放り投げ、立ち上がる。
      「合格♪」
      「……はい?」
      「るりちゃんのこと、好きになれそうだ。一緒に捜査してあげてもいいよ」
       言いながら外道探偵はハンカチを取り出し、慣れた手付きで自身の顔のケチャップを拭き取っていく。
       先ほどまで本気の殺意が感じられたというのに、凄まじい落差だ。
       今にも飛びつかんとする警備員たちに控えるよう言って、外道探偵に真意を問う。
      「試験だった、とでも言うんですか? アレほどの殺意で迫ってきたくせに」
      「警告をしたかったのさ。今のは悪戯だったけど、本物の殺人鬼が相手だったら死んでるよ。本気の殺意は今の比じゃないからね」
      「……覚悟はできています。私は警察ですから」
      「覚悟しているなら死んでもいいのか? そういう考えはツマラナイからやめなよ」
       外道探偵が床に倒れたままの私へと手を差し出し、微笑みかける。
      「人生で大切なのは、自分の命をまっとうし、最期まで楽しむことさ。俺と一緒に、レインウォーカー事件の謎を解こうよ、るりちゃん」
      「……殺人鬼が吐くべき言葉ではないですね」
       私は外道探偵の手を払い、自力で立ち上がった。
      「ご忠告ありがとう、“外道くん”。今回は見逃しますけど、次に同じことをしたら上に報告して、然るべき罰を受けてもらいますよ」
       そうだ。
       いくら恐ろしい相手だからって、怯んでたまるか。
       私は11年前のあの一件で、既に一度死んでいる。
       誰かの命を救うためなら、殺人鬼と手を組んだって、たとえ殺されたって構わない。
      「事件解決のために力を貸しなさい。これはお願いではなく、あなたの上官としての、命令です」
      「……クヒヒ、随分とそそる顔になったね。でもひとつアドバイスするなら、頬のケチャップを取ってから言うべきだったね」
      「あ!!」
       慌ててハンカチでケチャップを拭き取る私を、外道探偵はニヤニヤと愉しげに見つめていた。


      IP属地:浙江3楼2021-05-26 20:37
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         その日の夜、自室のデスクに座ったまま、昼間の外道探偵との一件を思い返していた。
         私の目を抉ろうとしてきた際の外道探偵の目は、本気だった。
         回答如何では、殺されていたかもしれない。
         特殊な監獄も、首輪型の爆弾も、奴にとっては抑止力ではないんだ。
        「今回の捜査では……確実に何かが起こる」
         自分へ再確認を促すよう、声に出して言った。
         ――きっと無事では済まないだろう。
         でも私は逃げない。逃げるワケにはいかない。
         殺人鬼に頼るのは癪だが、雨の日に散歩気分で殺人を犯す凶悪犯を、これ以上野放しにしてたまるものか。
         必ず、外道探偵を制御し、レインウォーカーを捕まえてみせる。
        「……“この子”の点検もしておかないと」
         デスクの上に乗った回転式の拳銃。
         弾倉を開くと、金色の弾丸が五発装填されている。
         今回の捜査に当たって、万が一にも不発がないよう、上から交換を命じられた新品の銃弾だ。
        「不発がないようにって……つまり『撃つなら確実に殺せよ』ってことですね」
         弾倉を元に戻し、座ったままグリップを握って、拳銃を構えてみた。
         銃弾の交換は暗に、「いざという時には躊躇なく撃て」という上の意志を示している。
         上がそれほど躍起となる理由が、今回の事件には隠されているということだろうか。
         分からないことばかりで頭の中に靄がかかる。
         ただ確かなのは、今手にしている銃の重みは、誰かの命を背負うにはあまりにも軽すぎるという事実だけだった。
        ――第2幕へ続く


        IP属地:浙江4楼2021-05-26 20:37
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          ●第2幕『青葉瑠璃花』
           ――最期の光景だと思うと、夜空がひどく寂しげに見えたことを、よく覚えている。
           塾の講義が終わったあと、そのままビルの屋上へと上がり、フェンスを乗り越えた先で両手を広げ、夜空を仰いだ。
           あと一歩前に踏み出せば、人々の行き交うコンクリートの海にダイブして、木っ端微塵。
           親に言われるがまま勉強漬けで退屈だった私の人生で、最も派手な光景が繰り広げられる。
           想像するだけでワクワクして、なかなか踏み出せない。
           どうせなら、もっと多くの観客が集まってからでないとね。
           フェンスの外が騒がしくなってきた。
           私の凶行に気付いて、大人たちが集まってきたのだろう。
           でも遠くから「どうしたの?」「危ないから戻ってきなさい」などの、ありきたりな呼びかけをするばかりで、近寄ろうともしない。
           それも当然だ。
           もし自分の行動がきっかけで私が飛び降りれば、責任重大。
           ヒト一人の命を左右する覚悟なんて、誰も持ち合わせていない。
           私みたいな、愛想ひとつ振りまけないクソガキが相手なら、尚更だろう。
          「私の人生って、何だったのかな……?」
           これまで何も考えずに勉強してきたけど、私は不意に考えてしまったんだ。
           自分は一体、何のために生きてきたのだろう、って。
           勉強するため? いい学校に入るため? 親に褒められるため?
           何も答えが浮かばなかった。
           その瞬間、自分の人生がヒドく空虚で、空っぽに思えて仕方なくなって――
           すべてを投げ出したくなってしまったんだ。
          「キミの人生が何かなんて、キミにしか答えを出せないだろ!?」
           突然大声で呼びかけられ、思わずフェンスの外へ振り返る。
           いつの間にか、サンタクロースを思わせる容姿の恰幅のいい警官が、フェンスを挟んで私の真後ろに立っていた。
          「お、おじさん、何なの……?」
          「見ての通り警官さ! キミみたいな、困っている子を救う正義の味方だよ!」
           自分の手よりずっと小さなフェンスの隙間に無理やり手を突っ込みながら、警官が大声で、でも優しく語りかける。
          「キミが何に悩んでいるかは知らない! でもキミがまだ! 自分の人生に答えを出すには若すぎることは分かる! だから、何があっても死なせない!」
          「や、やめ――」
           思わず後ずさってしまって、足場から足を踏み外し、宙へと投げ出された――
          「いけない!!」
           でも次の瞬間、警官さんがフェンスに無理やり腕を通して、私の手を掴んでくれた。
           死にたがっていたはずなのに、私は無意識のうちにその手を握り返してしまっていて。
           目からはボロボロと涙があふれ出していた。
          「どう、して……? 私、死にたかった、はずなのに……」
          「キミが今悩んでいる問題は、誰もが悩むし、誰もが間違える。それに、答えはいくらでも変わる。昨日正しかったことが、今日も正しいとは限らない」
           警官さんの手は、こじ開けたフェンスに引っ掻かれて、血まみれだ。
           きっと私の命を危険に晒したことで叱られるだろう。
           フェンスを壊したことで、器物破損の責任だって負わされるかもしれない。
           私を助けたところで、このサンタクロースみたいな見た目の警官さんには、何もメリットがないはずだ。
           それなのに、痛そうな顔ひとつ見せずに、警官さんは笑顔で言葉を続ける。
          「今日のところは私がキミの命を支える。明日からはキミ自身で、自分の命の重さを理解するんだ」
           これが、私の人生に意味を見出せたきっかけ。
           私を救ってくれた遊上さんのような警官となるために、私はその日から一層勉学に励み、夢を叶えた。
           だけど、いざ警官になってみると、遊上さんのように命を守る機会なんて全然訪れず、デスクワークばかりで。周囲にも、使命感に燃える同僚など一人もおらず。上手くいかないことばかり。
           そんな時に回ってきたのが、外道探偵と共に新宿レインウォーカー事件を解決するという、今回の仕事だ。
           上からの当てつけであろうと構わない。
           私は自分の信念にかけて、これ以上命が失われることは防ごうと、心に決めていた。


          IP属地:浙江5楼2021-05-26 20:38
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             久しぶりに赴いた新宿の街。
             事件で人通りが減ったとは言っても依然として通行人の多い表の通りを抜け、地下のパーキングに車を停めると、外道探偵と共に目当ての交番へと向かい始めた。
             エレベーターで地上へと上がり、両脇に様々な店の立ち並んだ通りを進んでいると、外道探偵がもどかしそうに口を開いた。
            「ねぇ、るりちゃん。捜査中くらい手錠を外してくれてもいいんじゃないかな?」
            「外しませんよ。あなたの油断ならなさは、昨日あなた自身が証明してくれたでしょう?」
            「おやおや。善意からの行動だったっていうのに、想いはなかなか伝わらないものだね」
             わざとらしく肩を落としてみせる外道探偵。
             季節外れな袖の長い薄手のコートを羽織っていて、袖に腕は通さず、手錠で後ろ手に縛られている。
             この状態なら、傍目には手錠で拘束されているとは思われない。
             私も今日は制服ではなく私服なため、目立たずに捜査が可能なはずだ。
            「るりちゃんもコートか。梅雨も近いのに二人してコート姿なんて、目立たないかなぁ?」
            「春物のトレンチコートなので、ご心配なく。殺人鬼を隣に置く以上、防衛手段を携帯できる服装じゃないといけませんから」
            「クヒヒ……物騒だなぁ。コートの中から聞こえる革の擦れるような音は、拳銃のホルスターかい? いい備えだと思うよ」
             脅しの意味も込めて拳銃の所持をほのめかしてみたが、平然と、むしろ楽しげに返事をする外道探偵。
             やはり、この男は一筋ではいかない。
             何があっても気を抜かないようにしよう。
            「それで、今日はどこを捜査するのかな?」
            「まずはこの新宿にある交番を巡って、現場の巡査たちに話を伺います」
            「そうか、新宿には交番が多いからね。それぞれの話を照らし合わせようというワケか」
            「ええ。資料に書かれた今までの事件の情報は、頭に入れましたか?」
            「バッチリだよ、マイ・パートナー♪」
             おどけるように笑いながら、周囲の店々を指差しながら外道探偵が語る。
            「レインウォーカーはこれまでに七人を殺傷しているが、今歩いているような賑やかな通りでは一度も犯行に及んでいない。通り魔的と言われてはいるが、実際にはきちんと犯行場所を選んでいる」
            「よく読み込みましたね、その通りです。この繁華街の中でも数少ない、目撃者を抑えられる場所。レインウォーカーはそのような場所を選んで犯行に及んでいます」
            「クヒヒ……つまり世間で言われているような、単なる狂人の犯行ではないというワケだ。そそるねぇ」
            「そそられないでください……恐らく犯人は、あなたみたいにズル賢い狂人なのでしょうね」
            「褒め言葉かい?」
            「いいえ侮辱です」
             他愛ない会話を続ける間に、多くの人々が行き交う駅前に到着した。
             多くのバスが停車するロータリーの片隅に設けられた交番、新宿駅春口交番が第一の目的地だ。
             中を覗き込むと警官が一人、デスクに座って書類仕事に追われている。
             よほど集中しているのか、私たちに気付く様子がない。
             驚かせないよう、そっと声をかけてみよう。
            「あのー……よろしいですか!?」
            「ぎゃっ!? は、はい! 本官にご用でしょうか!?」
             警官が跳ねるように立ち上がって、ビシッと敬礼。
             私は罪悪感を覚えつつ、警察手帳を懐から取り出した。
            「驚かせてごめんなさい。私は本庁捜査一課の青葉警部補です。新宿レインウォーカー事件について、話を伺いにきました」
            「ああ、本庁の! 事情は聞いていますよ! 私は春口交番所属の、佐藤巡査です! 私でよければいくらでもお話をしますよ!」
             佐藤巡査は快く自分の知る限りの情報を話してくれた。
             レインウォーカーらしき人物の目撃証言が日々大量に届いていること。その情報を書類にまとめる作業に追われ、休む暇もないこと。午後からは街の巡回もしなければならず、不安だということ。
             現場は疲弊しているだろうとは思っていたが、想像以上に苦しい状況で同情を禁じえない。
            「レインウォーカーの目撃証言で有力なものはありますか?」
            「いえ……どれも共通点に乏しく、お手上げ状態です。正直レインコートを着ていたという証言も、本当なのか疑わしいと思いますよ」
            「そう、ですか……」
            「るりちゃん、このファイルを開いてくれないかな」
             外道探偵が机に置かれたファイルをあごで指してみせた。
             ファイルの表紙には『巡回当番表』と書かれている。
            「外道探偵、何か気になることでもあるんですか?」
            「いや、佐藤巡査は相当に疲れている様子だからねぇ。みんなどれほどの頻度で巡回をしているのかな、と思って」
             心配したような顔で語る外道探偵。
             短い付き合いではあるが、ウソだとひと目で分かる。
             この顔はきっと、何か気になる点があったに違いない。
             手錠で手が不自由な外道探偵に代わって、仕方なくパラパラと捲ってあげた。
             曜日が書かれたスケジュール表に、恐らくこの交番に所属する警官であろう人物名が、不規則に記入されている。
             見たところ、規則性のようなものは読み取れない。
            「佐藤巡査、巡回はどのような頻度で行っているんですか?」
            「今は、日によってバラバラですね。突発的な事案も少なくないので、みんなで臨機応変に対応している状態です」
            「なるほど……クヒヒ、なるほど、なるほど」
             ファイルを見ながら、気持ち悪い笑い声をあげる外道探偵。
             その様子に佐藤巡査はドン引きしている。
             ただ、私には何の動揺もなく、自分が少し慣れ始めていることに気付いた。
             それから駅近くの交番を巡ったあと、駅から少し離れた新宿和泉町交番へと向かった。
             ビルの建ち並ぶ中でも異質な、正面からみて左半分がゆるやかな曲線で、右半分が真っ直ぐな壁という独特なフォルムの建物。
             新宿でも指折りの治安の悪さで有名な和泉町の、表と裏の両面を表したような外観だ。
            その建物に近づくと、入り口から元気よく一人の警察官が飛び出してきた。
            「わっ!? し、失礼しましたぁ!」
            「こちらこそ不用意にごめんなさい。あなたは、この交番《ハコ》の巡査さんですか?」
            「ええ、その通りです! 私はこちらの新宿和泉町交番所属、竹田巡査であります!」
             ビシッと敬礼する竹田巡査。
             ショートカットに浅黒い肌、濁っていない目。
             いかにも、警官になりたてといった容姿だ。
             ただ、そんな若い警官の顔にも、目に深い隈《くま》ができていて、連日の捜査による疲れが見てとれた。
            「私は本庁の特対所属、警部補の青葉です。遊上《ゆがみ》巡査部長に話を伺いに来たのですが、いらっしゃいますか?」
            「あ、遊上巡査部長でしたら……ちょ、ちょっとした用で交番を空けています。今から探してきますので、中で待っていていただけますか!?」
            「それなら私も一緒に探しますよ。遊上巡査部長とは顔馴染みなので、すぐにわかりますからね」
            「そ、それは助かります! 本官は午後から巡回の仕事がありますので、早く見つけなければならず……ありがとうございます、青葉警部補!」
             竹田巡査から詳しく話を聞くと、どうやら周囲から子どもの泣き声らしきものが聞こえたと言って、いきなり飛び出していったらしい。
             昔から変わらないその破天荒な行動に、私はつい吹き出してしまった。
            「遊上巡査部長はまだ近くにいますね。では竹田巡査、別々の場所を探してみましょう」
            「なら俺は、中で珈琲でも飲みながら待っているよ。いってらっしゃ――」
            「あなたも来なさい!」
            「ぐえっ」
             交番の中へと入ろうとした外道探偵の首根っこを掴み、私は竹田巡査と別れ、街中を走り出すのであった。


            IP属地:浙江6楼2021-05-26 20:39
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               子どもの声の元へ向かったということは、そこまで遠くに離れていないはず。
               明かりのついていない夜の店が建ち並ぶ通りを駆け抜けながら、周囲を見渡し、目的の人物を探し続ける。
               五分ほど走り回ってようやく――道の脇に子どもと一緒に座る男性を発見した。
               サンタクロースを思わせる大きな体格にたっぷりの口髭。11年前に私を救ってくれた時から変わらない姿のその人は、涙目の子どもに優しく語りかけていた。
              「お母さんもきっと心配しているから、おじさんと一緒に行こう。大好きなキミを見つけたら、きっと力いっぱい抱きしめてくれるはずさ」
              「……ママは心配してないよ。いつも暗くなるまで、ずっと一人でパチンコしてるもん。ぼくのことなんてどうでもいいんだ」
              「どうでもよかったら、キミをここまで連れてきてないよ。さぁ、立って。お母さんのところへ行こう」
               体操座りでうつむく子どもと視線を合わせるように身を屈め、聞き取りやすいよう、ゆっくりと語りかける。以前に教えてもらった通りの、正しい子どもへの接し方。
               その様子を見るだけで、目の前の男性が如何に思いやりにあふれているかがわかる。
               だからこそ、私はこの人に憧れたんだ。
              「……遊上巡査部長、お久しぶりです」
              「ん? あ――!?」
               私の姿を見た途端、遊上巡査部長はパッと表情を明るくした。
              「久しぶりだねぇ! 話は聞いているよ、レインウォーカー事件の話を聞きたいんだろ?」
              「ええ。久しぶりにお会いできて嬉しく思います、遊上巡査部長」
              「あっはっは、そんな堅苦しくしないでくれよ! キミと私の仲じゃないか! えーっと、そちらの人は彼氏さんかな?」
              「死んでも違います」
              「今までで一番怖い声。流石の俺もへこむなぁ」
               わざとらしく語る外道探偵を無視して、私は遊上巡査部長に事の経緯を話した。
              「なるほど……大変な役を務めることになったものだね。交番を勝手に空けてしまってごめんよ」
              「いえ、子どもの声を聞いてすぐに行動に移る。相変わらず、遊上巡査部長は警官の鑑だと思います」
              「はっはっは、警部補にそこまで言ってもらえるなんて光栄だよ!」
              「あ……」
               今の自分の地位に今更ながら気付き、何も言えなくなった。
               私はバカだ。今の私から何を言っても、巡査部長には皮肉しか思えないかもしれないというのに。
              「青葉警部補、悪いが話はまたあとでいいかな。まずは、この子を母親の元へと連れて行かないといけないからね」
              「も、もちろんです! すみません……仕事の邪魔をして……」
              「ははは、気にしないでくれよ。よしユウキくん、じゃあおじさんと一緒に行こうか」
               ユウキくんというらしい子どもの手を引きながら歩き出す遊上巡査部長。
               その後ろに、私と外道探偵も続く。
              「警察の鑑のような人だねぇ。るりちゃんも、彼に世話になったことがあるのかい?」
               歩きながら外道探偵が囁くように訊ねてきた。
               無視してやろうとかとも思ったけど、誰かにこの気持ちを吐き出したい気持ちが勝って、つい答えてしまう。
              「ええ……私の憧れの人です。私は過去に、受験を苦に自殺を図ってしまったことがありましてね、その時に身体を張って止めてくれたのが遊上巡査部長だったんですよ」
               やりたいこともないのに毎日学校に通い、帰りは塾に拘束され、家に帰ってからもまた勉強する。そんな繰り返しを続けるうちに、私は自分の命の価値がわからなくなった。
               だから世界に価値を問いかけようと、塾のあるビルの屋上から身を投げようとしたんだ。
               今思えば、如何にも思春期らしく、身勝手で短絡的。
               でも当時の私にとっては、自分なりに考え抜いた、切実な行動だった。
              「ビルから身を投げかけた私の手を、命綱もなしに掴んでくれたのが遊上巡査部長だった。自分が無価値だと思っていた私に、命の価値を説いてくれた。そして私も、みんなの価値ある命を守りたいと思って警官を志したんです」
              「いい話じゃないか。キミの言う通り、警察官の鑑のような人だねぇ。同じく、命を尊ぶ者として、スゴく共感できるよ」
              「……殺人鬼がよく言いますね」
              「おいおい、それは殺人鬼への偏見だよ。俺は命を何よりも尊いものだと思っている」
               話に付き合っていられず、私は外道探偵の言葉を無視して一人考えた。
               そう、遊上巡査部長は今も昔も理想的な警官だと思う。
               でも今の警察庁の階級制度では、私のように厳しい条件をクリアして入庁した所謂『キャリア組』でなければ、階級がある時点で頭打ちになる習わし。
              もちろんキャリア組にはキャリア組の苦労があり、私が今回事件を押し付けられたような当てこすりだってあるから、一概にどちらが優れているかなんて決められない。
               ただ入庁して日の浅い現時点で、私の地位がベテランの遊上巡査部長より上なのは確かだ。
               先ほど目にした竹田巡査の疲労した様子からもわかる通り、命を守る最前線に立つ人たちはその苦労に関わらず、低い地位が約束されている。
               自分にはどうしようもない現実だとは知りつつも、どうしてもやるせない気持ちにならざるを得ない。
              「ユウキ!」
               女性の大声が聞こえてきて、ハッと顔をあげた。
               見ると、遊上巡査部長の隣のユウキくんに、母親らしき女性が駆け寄ったかと思うと、その頬にいきなりビンタをした。
              「アンタどこへ行ってたの!? 私が働いている間はゲームコーナーで遊んでなって言ったじゃん!」
              「……もう遊ぶものがないもん」
              「何を贅沢言ってるワケ!? 遊ぶものがない子だっているんだからね!」
               もう一度女性がユウキくんにビンタをする。
               派手なコートに露出の多い服装。偏見で申し訳ないけれど、言動も服装も、とても子持ちの女性とは思えない。
               私はもう居ても立ってもいられず、ユウキくんと女性の間に割って入った。
              「本庁捜査一課所属、青葉警部補です。その子は寂しさに耐えきれず、迷子になっていたんですよ、話をお聞かせ願えますか?」
              「ハァ? 警官が何の用だよ。ただガキが言いつけを破って、勝手に迷子になったってだけじゃん」
              「ま、迷子になっただけって……」
               あまりに無責任な言葉に、胸の奥がカッと熱くなった。
              「今新宿は殺人事件が多発しているんですよ? 子どもを一人にして、心配じゃないんですか!?」
              「いや関係ないし。殺人くらいどこでだって起きてんじゃん。心配しすぎててウケるんだけど~」
              「あ、あなた! 命を何だと思って――」
              「青葉警部補」
               遊上巡査部長が私の肩を叩き、首を横に振った。
               冷静さを取り戻し、怒りを無理やり飲み込んで、肩を落とす。
              そうか。
               これ以上は、一介の警官が踏み込んでいい領域じゃないんだ。
               私は拳をギュッと握りしめて、怒りをがんばって抑えた。
               そんな私の頭にぽつりぽつりと冷たい雫が降ってくる。
               見上げると、まるで私の心情に呼応したみたいに、雨が降り始めていた。
              「ハァ!? 雨降るとか聞いてないんだけど!? ねぇヒゲの警官さん、傘貸してくれない!」
              「すみません……警官は傘を持ち歩かない決まりなんです。雨合羽ならあるのですが」
              「合羽とか着たら髪がヤバいことになるじゃん! マジ使えねぇ~! 意味わかんない因縁をつけられるわ、雨に降られるわ、マジでムシャクシャする~!」
               女性は苛立った様子で自らの髪を掻き乱すと、財布から千円札を取り出してユウキくんに握らせた。
              「ユウキ! ママは気晴らしに遊んでくるから、一人で適当に飯食って帰りな!」
              「……わかったよ、ママ」
               そのまま、母親の女性はユウキくんを置き去りにして街の中へと消えてしまった。
               レインウォーカーの影響を受けてもまだ、あのような人がいるのかと、苛立った気持ちが収まらない。
               これでは、警察がいくらがんばったって、命の守りようがないじゃないか。
              「ユウキくん、今日はおじさんと一緒にご飯を食べようか。それから、パトカーで家まで送ってあげるよ」
              「え……!? ほ、本当!? パトカーに乗れるの!?」
              「ああ、本当さ。ユウキくんが行きたい場所があるなら、ついでに寄ってあげたっていい」
               そんな私をよそに、遊上巡査部長はユウキくんに声をかけてあげていた。
              それまで暗い顔をしていたユウキくんを、瞬く間に元気をしてしまうなんて。
               あれだけヒドい言葉をかけられた張本人だというのに、本当にスゴい人だ。
              「すまない、青葉警部補。話をするのは、また後日でいいかな?」
              「ええ、もちろんですよ。ユウキくんを最優先にしてあげてください」
              「ちょっと待ってくれ、遊上巡査部長。ひとつだけ聞いてもいいかな?」
               それまで大人しく見守っていた外道探偵が口を開き、遊上巡査部長に問いかける。
              「あなたは今日みたいに、突然交番を空けることが珍しくないのかい?」
              「……あ、ああ、その通りだ。ついつい感情が先走ってしまってね」
              「やっぱりそうか♪ ありがとう、遊上巡査部長。ユウキくんによろしくね」
               それだけ言うと、外道探偵は私に断りもなく、おもむろに歩き出した。
               慌ててその隣に追いついて、問いかける。
              「い、いきなり何ですか!? レインウォーカーの正体の足取りが掴めたんですか!?」
              「悪いけど、まだ五割ってところかな。その半分を埋めるためには、和泉町交番に戻る必要がある」
              「い、和泉町交番に……?」
               理解の追いつかない私に構わず、早足で歩き続ける外道探偵。
               私には、その隣に追いつくために、必死で頭と身体を動かし続けることしかできなかった。


              IP属地:浙江7楼2021-05-26 20:43
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                 和泉町交番の前まで戻ると、ちょうど竹田巡査と鉢合わせた。
                 ……しまった。
                 元々は、彼から遊上巡査部長を見つけるよう頼まれていたというのに、完全に忘れてしまっていた。
                「青葉警部補、お疲れ様です! 申し訳ありません……本官はどうしても、遊上巡査部長を見つけられず……」
                「だ、大丈夫です、大丈夫です! 遊上巡査部長には先ほどお会いできたので、もうすぐ戻ってくるかと思います!」
                 事の顛末を話すと、竹田巡査はホッと安心したように胸を撫で下ろした。
                「心配しましたよ。遊上巡査部長は本官の憧れですが、少々無鉄砲なところがありますからね」
                「ああ、わかります。そこがいいところだと思いますけど」
                「ええ、そこがいいところです」
                 竹田巡査と一緒に笑い合うと、いつの間にか交番内へと入っていたらしい外道探偵が出てきた。
                 一体何をしていたのだろう。
                「外道くん、中で何を?」
                「ちょっと野暮用でね♪ それより竹田巡査、少しいいかな?」
                 私の言葉を軽く流したかと思うと、外道探偵は竹田巡査に近づき、何かを耳打ちした。
                「そ、それはどういう意味でありますか!?」
                「意味はすぐにわかるさ。俺とるりちゃんはこの先の路地を巡回するから、あとからキミたちも付いてくるといい」
                 それだけ言うと、外道探偵はまた私の意見も無視して、一人で歩き出した。
                 もう呆れて怒ることもできずに、私はその隣に追いつき、並んで歩く。
                「一応私は相棒なんですよ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
                「ああ、ごめんよ。キミに話すと作戦に支障が出てしまう恐れがあってね」
                「信用がないですね」
                「それはお互い様だろう?」
                 私は溜め息をつくと、バッグから折りたたみ傘を取り出し、傘を差した。
                 小さいけれど、二人分の頭くらいならカバーできる。
                「傘があるなら、最初から出してくれてもよかったじゃないか」
                「殺人鬼と相合い傘なんて嫌だったんです。でも……こんな時にそうも言っていられないでしょう?」
                 私は今日一日の捜査を振り返り、ユウキくんの笑顔や疲弊した巡査たちの様子、それに遊上巡査部長の言葉を想い返した。
                 ユウキくんの母親のように命を軽んじる人も少なくないかもしれない。
                 それでも、私は命を守りたいと思う。
                 そのためなら、殺人鬼と相乗りだって、相合い傘だってしてみせよう。
                「みんなの命を守るために、私はあなたを信頼します。だから外道探偵、あなたも私を信じてください」
                「ふふ、いい成長だね……青葉警部補。ここまで言われて、応えないわけにはいかないな」
                 いつものような嘲りでない、優しい笑い声を発して、外道探偵は言葉を続けた。
                「警官は傘の所持を禁じられているはずだけど、傘を使っていいのかい?」
                「え……? あ、ああ……それは制服の時だけで、今みたいな私服での聞き込みの時は、別に禁じられていないんですよ。そもそも、禁止の理由もよくわからない、昔から続く風習みたいなものですしね」
                「そうか。つまりレインコートを義務付けられているのは、制服の警官だけ、ということになるね」
                「ええ、その通りで、す――」
                 言われてみてハッとする。
                 レインウォーカーの目撃証言は僅か。
                 警察の懸命な巡回や捜査もむなしく、犯行は止まらない。
                 数少ない目撃証言は、レインコートを着ているということ。
                 そして現場の警官は必ず、レインコートを義務付けられている。
                 それらの要素を考えれば、私みたいな一警官でも答えを導き出すことができた。
                「まさか、交番に勤める警官たちの中に、犯人が……!?」
                「ああ、その通りだよ。でもここまでは素人でも考えつく妄想の範囲だ……ここからが外道探偵としての、俺の役割だろう」
                 外道探偵はビル街に入ったかと思うと、ビルとビルとの間、仄暗くて狭い路地裏に足を踏み入れた。
                 二人並ぶので精いっぱい。入り口と出口にしか陽射しが届かないため、夜のように暗く、誰からも忘れられたような寂しい空間。そんな路地裏の中心で、外道探偵がおもむろに足を止める。
                「うん……いいね。殺人にうってつけの場所だ。俺が犯人なら、罠だと分かっていても、飛び込まずにはいられないよ」
                 私たちを追いかけるように、パタ、パタと、湿ったアスファルトを踏み歩く足音が近づいてくるのがわかった。
                 それは恐らく犯人のもの。
                 その足音に呼応したみたいに、私の心臓が高鳴る。
                 私たちを追いかけてきたということは、狙いはひとつだ。
                 犯人の狙いは間違いなく――
                「さぁ楽しもう、青葉警部補。これから俺たちが向けられる感情こそ……本気の殺意さ」
                 パタ、パタ、パタ――
                 湿った足音が路地裏に響いたかと思うと、私はあまりに予想外な光景を目にすることとなった――
                ――第3幕『探偵失格』へ続く


                IP属地:浙江8楼2021-05-26 20:43
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                  ●第3幕『探偵失格』
                   外道探偵と二人並んだ路地裏の中心。
                   思いもよらぬ人物が、入り口と出口にそれぞれ、“一人ずつ”現れた。
                  「ひと目の付かない場所に誘い込むなど、本官たちも随分と舐められたものでありますな」
                  「まぁそのおかげで、あなたたちを始末できるのだから、感謝でありますが」
                   真っ白なレインコートに身を包んだ二人の警官。
                   フードをかぶっているため分かりづらいものの、流石に見間違えようがない。
                   それは、今回の聞き込みで友好的に接してくれた佐藤巡査と、竹田巡査だった。
                   一瞬、私たちの援軍として駆けつけたのだと信じ込もうとしたが、二人の手にナイフが握られていることに気付き、そんな甘い考えは霧散する。
                   今向けられているのは、明らかな殺意だ。
                  「あ、あなたたちが、レインウォーカー……? どうして、警官が? それに、犯人が二人いたなんてそんな……」
                  「クヒヒ、るりちゃんはピュアだねぇ。これほどの規模の事件で、巡回だってしっかりと行われているのに、目撃証言が皆無なんて不自然だろう?」
                  「まさか、初めから警官を疑っていたんですか……!?」
                   思い返してみれば、最初の交番でもすぐに巡回当番表を確認していた。
                   取り敢えず聞き込みをしようと考えていた私とは、スタートラインからして違っていたのか。
                  「巡回をしている警官が殺人鬼だなんてありえない。殺人鬼が二人いるなんてありえない。不可能、不可解、不自然、エトセトラ……そんな考えが、視界を曇らせる」
                   外道探偵の肩からコートがずり落ちる。
                   するとなんと、後ろ手に手錠で拘束されているはずの腕が、何故か手錠をかけたまま正面に来ていた。
                  「いつの間に……!?」
                  「さっき交番に一人で入った時さ。後ろ手に縛れば抵抗できないなんて油断は、今後しないようにね♪」
                  「……ご忠告、痛み入ります」
                   今すぐにでも身動きがとれないよう拘束してやりたいところだが、今だけは外道探偵の力も借りざるを得ない。
                   外道探偵の背中合わせとなって、自分たちを挟み撃ちとする二人の巡査とそれぞれ向き合った。
                  「佐藤巡査、竹田巡査、あなたたちを殺人の容疑で逮捕します。大人しくしてください。今なら、自首扱いとすることもできますよ」
                   私の言葉に、正面に立つ佐藤巡査はゲラゲラと下品に笑った。
                   あまりにも下卑た表情に虫酸が走る。
                   先ほど駅前の交番で話した際の、勤勉な印象は欠片もない。
                  「これだから、キャリア組のお嬢さんは使えないんだよなぁ……おっと、使えないのであります、と言うべきですか? 口調くらいは警察官らしくしないといけませんよねぇ?」
                  「警察を舐めているんですか? このようなバカな真似をして、理解に苦しみます」
                  「フン……そりゃあそうでしょう。なんせ、あなたは出世が約束されたキャリア組なのですから」
                   佐藤巡査がナイフを構えた状態で、ジリジリと足を擦るようにして、にじり寄ってくる。
                   ナイフの間合いに入られてしまったら、一巻の終わりだ。
                  「この路地裏では、キャリアは守ってくれませんよ。格下に胸をえぐられて、レインウォーカーの恐怖の礎になってください」
                  「……そんなの、お断りです」
                   上着の裏へと手を伸ばし。脇の下のホルスターに隠し持っていた拳銃を手にとった。
                   まずは、上空に向けて引き金を引く。
                   運動会の徒競走の合図を思わせる乾いた音が、路地裏に響いた。
                   それから右腕で正面に拳銃を構え、左手をそえて支える。
                   照門《リアサイト》を覗き、照星《フロントサイト》と佐藤巡査の足が重なるように狙いを定めた。
                  「抵抗するなら撃ちます。凶器を、捨ててください」
                   高鳴る鼓動を抑え込むように、精いっぱい強く言った。
                   しかし、佐藤巡査は怯む様子もなく、ナイフを構えたまま、更ににじり寄ってくる。
                  「クヒヒ……それじゃあダメだよ、るりちゃん。狙うべき場所が違う」
                   背後の外道探偵が、私にだけ聞こえるよう囁きかける。
                  「足は的が小さいし、よく動くから、当たらない可能性が高い。狙うべきなのは的のド真ん中……心臓だ。本物の殺人鬼は、殺す気で向き合わないと、止まらないよ」
                   うるさい。
                   バクバクと高鳴る胸の鼓動も、外道探偵の声も、何もかもが耳障りだ。
                   必要なら殺す覚悟はできている。できていた、はずだ。
                   なのに、何故か拳銃を握る手が震え、照準がブレ始める。
                   ナイフの間合いのすぐそばまで迫りつつある佐藤巡査に気取られないよう、浅く呼吸を繰り返し、拳銃を構え続けた。
                   指を一本、軽く引くだけ。ジャンケンよりも簡単な動作。
                   なのに、崖から身を投じるような心地がして、汗がとめどなくあふれる。
                   私は今、指先に命を感じているんだ。


                  IP属地:浙江9楼2021-05-26 20:44
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                     るりちゃんと背中合わせの状態で、殺人鬼の片割れ、竹田巡査と睨み合いを続ける。
                    「外道探偵と、言いましたよね? あの有名な探偵同盟の方と殺り合えるなんて、光栄ですよ」
                    「クヒヒ、ならあとでサインを書いてあげるよ。牢獄のインテリアにするといい」
                    「……鬱陶しいですねぇ。見逃してやってもよかったけど、やっぱり殺すことにして正解ですよ」
                     強い言葉を口にしつつも、竹田巡査はナイフを構えたまま、一向に間合いを縮めてこない。
                     警察官が習う逮捕術の要領で、ナイフを握った右手は後ろに下げ、防御に使う左腕は前に出すという、空手の右構えに近いスタイル。
                     あくまで護身術に過ぎない逮捕術の構えだから、当然殺傷能力は低めだ。
                    「ねぇ、キミ……本当に殺す気ある? ヤル気が感じられないんだけど」
                    「あああ、あるに決まってるでしょ! どう嬲り殺しにしてやるか、悩んでいただけです! すぐにき、斬り刻んでやりますよ!」
                     分かりやすすぎる虚勢。
                     まだ、テンションを上げないと殺せないのかな。
                     口数が多いのも緊張を誤魔化すためだろうし、典型的な“殺しに呑まれているタイプ”だね。
                     るりちゃんを弄ぶような態度を見せる佐藤巡査と違って、こちらの男は“一般人”の領域から脱し切れていないらしい。
                     大方、今回の犯行の主導は佐藤巡査で、竹田巡査はノセられているだけなのだろう。
                     ツマラナイ。一番嫌いなタイプだよ。
                     メインディッシュの前の前菜にしても、これじゃあ物足りないな。
                    「早くしないと、さっきの威嚇射撃で人が集まってくるかもしれないよ? さっさと俺のそばにおいでよ」
                    「う、うるさい……! どうせ証拠なんてないんでしょう!? 別に今ヒトが駆けつけたところで、ナイフさえ隠しちまえば真相は隠し通せますよ!」
                    「残念だけど、証拠ならあるよ。キミたちの交番の巡回当番表を比較すれば一目瞭然さ」
                    「……!?」
                     竹田巡査の顔がサッと青ざめた。
                     ああ、ああ、分かりやす過ぎてツマラナイ反応だ。
                     まぁ退屈しのぎにはなるし、もっと抉ってやろうか。
                    「レインウォーカーが現れる日には必ず、キミたち二人が示し合わせたように巡回をしている。どちらか一方なら偶然だと言い張れるだろうけど、二人もいるのは不自然だ」
                    「そのために……当番表を確認していたんですか」
                    「目撃証言の少なさから言って、複数人での犯行だと睨んでいたからねぇ♪ 近い範囲に複数の交番が密集しているこの街の特徴を活かして、巡回を示し合わせたんじゃないかと思っていたのさ」
                     多忙が原因で、巡回の担当はその時々で変わると言っていた。
                     それは逆に言えば、巡回を不規則に調整できるということでもある。
                     その上、遊上巡査部長はよく交番を空けるのだから、多少不可解な頻度になっていても誤魔化しやすい。
                     事前に相方と打ち合わせておき、タイミングが合った時にだけ犯行に及べば、無理なく犯行に及べるという寸法だ。
                    「目撃証言があがらないのも当然だよねぇ? なんせ、レインウォーカー事件は話題沸騰中だ、雨の日に警察が巡回していても、周囲のヒトたちは不自然に思わないし、まさか犯人だなんてつゆにも思わないよ」
                    「ぐ、ぅ……!」
                     竹田巡査が一歩後ずさる。
                     おやおや、ビビってしまったのかな?
                     あまり好みではないと思っていたけど、泣きそうな顔はなかなかそそるじゃないか。
                     せっかくだから遊んでやろう。
                    「後ろに下がったけど、どこへ行く気なのかなぁ? 助けでも求めてみるかい? 市民の皆さーん、助けてくださーい! ってさァ!」
                    「ぎぃ……!」
                     ナイフを握った手に力がこもる。
                     ああ、分かりやすいねぇ。あともうひと押しだ。
                    「守るべき市民を狩っていた警官が! 逆に市民によって守られる! とんだ喜劇もあったものだよねぇ!? クヒヒ、クヒャハハハハハハ!!!」
                    「があああああああああああッ!!!」
                     怒りを剥き出しにして飛びかかってきた。
                     俺に向かって、闇雲に振り下ろされるナイフを握った右手。
                     その手首を手錠の鎖で絡め取り、無防備な足へトンと、無防備な背中を後押しするみたいに、優しく蹴りをお見舞いしてやった。
                    すると、ヘッドスライディングでもするみたいに、無様に顔から地面へと突っ込んでいく。ただし、俺が右手首を絡め取っているから、倒れずに宙ぶらりんとなった。
                    「あ……」
                     何が起きたのか分からないと言った顔で、地面を見つめる竹田巡査。
                     その鳩尾に膝蹴りをし、悶絶させた状態で、ゆっくりと地面に下ろしていく。
                    「勇気もないくせに突っ込んでくるなよ……アンタ、他人の命だけでなく、自分の命も粗末に扱っているんだな。ああ……気に入らない……気に入らないなァ」
                    「ぎ、ぁ……あぁ……」
                     まともに呼吸できない様子の竹田巡査を見ていると、殺意が湧き上がってきた。
                     今回のターゲットは一人に決めていたけど、まぁもう“いい”具合だ。
                     手首を縛り上げたまま、巡査の首へと手を伸ばす。
                    「一人で命を背負う勇気もない下衆には……おしおきが必要だよねェ? 美しい殺し方というものを、俺が教えてあげるよ」
                    「外道探偵、大人しくするであります」
                     演技がかった口調の声を耳にすると同時に、首元にひやりと金属の感触がした。
                     視線を横に向けると、いつの間にかすぐそばにいた佐藤巡査が、ナイフを俺の首に突きつけている。
                     そしてその後ろでは、るりちゃんが拳銃を握ったまま、涙目で震えていた。


                    IP属地:浙江10楼2021-05-26 20:47
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                       私は、何もできなかった。
                       自分の横を駆け抜け、外道探偵に凶器を向けようとする佐藤巡査に対して、発砲するどころか止めることすらできなかった。
                       その結果、竹田巡査の拘束に成功した外道探偵を、逆に人質に取られてしまって、最悪な展開となっている。
                      「形勢逆転でありますなぁ、青葉警部補? 外道探偵を殺されたくなければ、拳銃を捨てるでありますよ」
                       外道探偵の首にナイフを押しつけながら、佐藤巡査がわざとらしい口調で言った。
                       本気の目だ。どのみち、私たちを殺さなければ一巻の終わりなのだから、殺すのに躊躇がないのは当然。
                       私が抵抗する素振りを見せれば、確実に外道探偵は殺されてしまう。
                      「どう、して……」
                       震えた手で拳銃を構えたまま、自分自身に問いかける。
                       命を懸けると決めた。殺してでも止めると決めた。
                       かつて自分が救われたように、今度は自分が救う側に立つのだと、決めたはずだ。
                       それなのにどうして、肝心なところで、何もできずに立ち尽くしている?
                       自分のバカさ加減が嫌になって、涙があふれてきた。
                       昨晩は軽く感じられた拳銃が、今は赤ん坊みたいに重くて、手放したくてたまらない。
                      「もうやめてください、佐藤巡査! 何でこんなことをするんですか!? あなたたちだって、誇りがあってこの仕事を選んだはずでしょう!?」
                      「誇りぃ? そんなものでは、心も腹も、満たされないでありますよぉ?」
                       演技がかった口調で語りつつ佐藤巡査が笑う。
                      「この街で仕事をしていると、何が正しいのか分からなくなるであります。注意すると逆にキレられるし、不憫な児童の一人だって救えないし、夜の歓楽街とは仲良しこよし……警官などいていないようなものじゃないですか」
                       声から演技くささが消えていく。
                       表情に怒りの色を滲ませて、佐藤巡査は更に言葉を続けた。
                      「『レインウォーカー』という殺人鬼が現れてようやく、本官たちは感謝されるようになったんですよ……! でもまだ! まだまだ! まーだ警官への敬意が足りない! もっと殺して! 恐怖させて! 尊敬させる! 如何に警官の存在が重要なのかを、知らしめてやる!」
                      「そ、そんなの本末転倒じゃないですか!? 市民を安心させるための、警官が恐怖をバラまくなんて、おかしいですよ!」
                      「それで誰かが褒めてくれるでありますか~? あのヒトがいい遊上のオッサンは、あれだけがんばっても巡査部長止まりじゃねぇか!? アンタみたいな小娘より下なんだぞ!? 見返りもなしに命を守るなんて、バカのやることだろうが!!!」
                      「それ、は……」
                       何も言い返せない。
                       つい先ほども、遊上巡査部長はヒドい罵倒を受けていた。
                       確かに、警官はどれだけ頑張っても感謝されることなんて稀だ。
                       私が命を救ったところで何になる?
                       いくら必死に、私一人が『正義』を掲げたところで、何も変えることなんてできないじゃないのか?
                      「おい、ボケッとしてんなよ、キャリア女ァ! さっさと拳銃を手放せって言ってんだ! マジでこいつを殺すぞ!!!」
                       佐藤巡査が苛立った様子で叫んだ。
                       先ほどまでの挑発的な警官口調も完全に崩れ去り、余裕がない。
                       ナイフを握った手にも力が入ったのか、外道探偵の首筋から血が流れ始める。
                      「私は……私は……」
                       何も覚悟できていなかった。
                       私では、目の前の相棒一人、救えない。
                       ああ。もう、ダメだ。
                       この重くて仕方がない拳銃を、手放すしか、ない――
                      「手放しちゃダメだよ、るりちゃん」
                       ハッと手に力がこもる。
                      「キミも分かっているだろうけど、拳銃を手放してしまえば、俺もキミも殺される。俺たちが助かる方法はもう、ひとつしかない」
                      「だ、黙れよ、この変態野郎!!」
                      「ここで止めなければ、もっと多くの命が失われるよ? 結局コイツらは、自分の欲求を満たすために殺しているだけ……そんなの、許しちゃおけないよなァ?」
                       ――外道探偵の言う通りだ。
                       今、私の手に握られている命は、私と外道探偵だけじゃない。
                       この先レインウォーカーによって犠牲になるかもしれない、多くの命も握られている。
                       投げ出せるワケがない。
                       投げ出すワケには、いかない!
                      「重いからって投げ出すな……逃げ出すな。しっかりと、前を向け」
                       自分に言い聞かせるように言って、佐藤巡査を真っ直ぐに睨みつけた。
                       佐藤巡査の顔がサッと青ざめ、狂ったように叫び出す。
                      「青葉警部補! もう次はない! 拳銃を捨てろ! あと5秒以内に手放さなきゃ、こいつを殺す!!!」
                       ――5、4……。
                       佐藤巡査の怒声が響く中、外道探偵が私に語りかけていく。
                      「キミは『警察』という組織に縛られ過ぎだよ、るりちゃん。キミの信念は、組織の中で正しくあることなのかい?」
                       ――3。
                       遊上巡査部長の優しい笑顔が頭をよぎった。
                      「組織も周囲も関係ない。誰に何と言われようと、命の価値観を決めるのはキミ自身だ」
                       ――2。
                       落ちて死にかけた際の、腕を掴まれた感触がよみがえる。
                      「キミの中で答えは出ているはずだよ。あとはもう、覚悟を固めるだけさ」
                       ――1。
                       手の震えが消え、照準が定まった。
                      「その証拠にるりちゃんの照準は……心臓を狙い定めているからね」
                      「――ァああああああッ!」
                       路地裏にパァンと響く乾いた音。
                       それは、まるで風船が割れたみたいで。
                       誰かの命を奪ったというには、あまりにも軽い音だった。


                      IP属地:浙江11楼2021-05-26 20:51
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                         俺の部屋に突然やってきたかと思うと、“彼女”は俺を殴り、首を万力のように絞め上げ、床に押し倒した。
                         飛び散った鼻血で真っ白な部屋が汚れる。
                         女性とは思えない握力で喉がひしゃげて、呼吸できなくなる。
                         白い髪の奥で輝く紫陽花色の瞳が、射殺さんばかりにこちらを睨んでいる。
                         俺もそこそこ動ける自信があるのに、僅かな反抗もできずに屈服させられるなんて。
                         ああ、この痛み、この絶望、久しぶりだ。
                         相変わらず、本気を出した彼女の前では無力。
                         それでこそ、世界最高峰の探偵と言われる『理想探偵』だ。
                        「何を、怒って、いるんだい……? キミに、言われた、通り……レインウォーカーは、見つけ、出したじゃないか」
                        「炙り出した、の間違いだろう? 確かにお前でなければ、レインウォーカーによる死者は増えていただろう。しかし、だからと言って、無意味に死者を増やそうとしていいワケではない」
                         ――やっぱりバレていたか。
                         息苦しさも忘れ、口角がつり上がりそうになる。
                        「どういう、意味かな……? 俺は、彼らを怪しむ素振りを見せて、自滅を促しただけだよ?」
                         必死に平静を装って、言葉の続きを催促した。
                        「レインウォーカーたちが語っていたぞ。お前は竹田巡査に、『今日は殺さないの?』と囁いていたそうだな。その結果、犯行がバレたと思った二人は、リスクを承知でお前と青葉刑事を襲ったんだ」
                        「クヒヒ……雨が、降り出していたんだ……俺たちに、殺意を向けさせないと、危ないだろォ……?」
                        「なら、容疑者の二人を監視させればいいだけだろう。お前の本当の狙いは違った。お前は初めから、青葉刑事を狙っていたんだ」
                         俺の首を絞める指の力が強まり、背筋がゾクリとした。
                         ああ。
                         やっぱり彼女は、俺のことをよく分かってくれている。
                        「お前は犯人を挑発し、殺しに来るように仕向け、わざと窮地に陥ることによって……青葉刑事に犯人を射殺させようとしていたんだろう?」
                        「クヒヒ……るりちゃんには、素質が、あったからねェ……♪ もっと、命の重みを知って、俺たち側に、来て欲しかった、のさ……」
                         最初に面会する前に、るりちゃんの過去を調べた時から、心惹かれていた。
                         一度自殺を図って救われ、命の重みを学んだ女性刑事。
                         そんな極上の食材を前にして、「何もするな」という方が無茶だろう。
                         計画通りにはいかなかったけど、アレではまともに刑事は続けられない。この先、もっと経験を積み、もっと悲劇を乗り越えれば、より魅力的な女性に実ってくれるはずだ。
                         想像しただけで、心が躍る。
                        「でもまさか……俺の行動を“予測”し、模擬弾に差し替えさせておくなんてなァ……」
                        「いくら『首輪』をつけていても、行儀の悪い犬は噛みつくからな。飼い主として当然の配慮だよ」
                        「それにしても、鋭すぎると思うけどねェ? まるで、未来が観えているみたいじゃないか……クヒヒ、クヒャヒャヒャヒャ!!」
                         愉快すぎて笑いが止まらない。
                         流石はかつて俺を捕まえて、今の立場に追いやった張本人。
                         きっと今回見せた“予測”は、彼女が持つという奇妙な“能力”によるものなのだろう。
                         またひとつ、秘密を暴く手がかりを得た。
                        「外道探偵、いくらお前が探偵失格だとしても、お前の力は『探偵同盟』に必要だ。この私がこれからも、必ず御してみせる」
                        「やってごらんよ、マイ・ホームズ♪ 俺を楽しませてくれる限り、俺はこの組織の味方であり続けるからね」
                         俺が秘密を暴いてやれば、理想探偵はどんな顔を見せてくれるだろうか。
                         想像しただけでゾクゾクする。
                         これだから、探偵はやめられない。
                         理想探偵との戦いは俺にとって、“殺し”よりもずっとスリリングで、最高にそそられるゲームだ。
                        ――END


                        IP属地:浙江13楼2021-05-26 21:00
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                          本篇小说主要介绍了外道侦探协助警部补青叶琉璃花一同解决【雨中行者事件】的故事


                          IP属地:浙江14楼2021-05-28 21:37
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