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官方web小说理想侦探篇《後日談の明けぬ夜》

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●【前編】 『私の人生は後日談』
 死へと続く地下鉄の入り口に足を踏み出す直前、ふと空を見上げた。
 雲ひとつない青空の中心で、煌々と輝く太陽。
 今まで何度となく見てきたその光景が、今日は一際美しく見える。
 それはきっと、このまま地下へ降りてしまえば、もう二度と見えなくなるからかもしれない。
「……バイバイ」
 短くない期間を過ごした街に別れを告げ、地下鉄へと降りていく。
 一段一段階段を慎重に降りる途中、右手に持った無地の紙袋が中身の重みでユラユラと揺れるのを、傘を手にした左手でそっと支えた。
 そう簡単に中身は漏れ出さないだろうけど、無警戒でいられるワケもない。
 なんせ下手に漏れ出せば、周囲もろとも私だって命を落とすのだから――。


IP属地:浙江1楼2021-05-27 09:38回复
     何か大きな事件が起きた時、盛り上がるのは解決するまでだと思い知ったのは、中学への進学を控えた頃だった。
     ある日、学校から帰ると自宅アパートの前に大量の報道関係者がいて、彼らと目が合った途端、私はあっという間に取り囲まれてしまった。
     話を聞くと、当時世間を賑わせていた大規模テロに、昔私たち家族を捨てて蒸発した父親が関わっていたそうだ。
     父の顔も知らない私は困惑し、何も答えることなどできない。しかし、そんな私の態度をマスコミたちはこぞって「何かを隠しているのでは?」と責め立て、映像を全国放送のニュース番組でも取り上げた。本当に何も知らないだけなのに、マスメディアはまるで父親をかばっているようだと報道して、さも犯罪者扱い。自分の知らないところで、真実が捏造されていく。
     その日からはまさしく地獄だった。
     周囲の大人たちが私を腫れ物のように扱い、その空気を子どもたちも察して、私にツラく当たる。その連鎖は日に日に激しさを増していき、筆舌に尽くしがたい仕打ちもたくさん受けてきた。
     でも私は、文句ひとつ言わずに耐え続けた。
     だって報道によると、父の加担した事件の死者はゆうに三桁を超える。
     身内がそれだけの命を奪ったというのに、娘の私がのうのうと生きるワケにはいかない。みんなが私にツラく当たるのも当然。私は周囲の仕打ちを受け入れて当たり前。そう思って、耐えて耐えて、耐えて耐えて耐えて、真面目に、慎ましく、精いっぱい生きてきた。
     警察のお世話になるような不良行為は一度だってしたことがない。
     お天道様に胸を張って、自分は清く正しい人間だと言える。
     善人であり続けたはずだ。
     それでも一向に、周囲からの評価は変わらなかった。
     不良生徒のことは面倒を看る先生だって、私には声もかけない。私と同じシングルマザーの家庭に優しい地元の商店街も、私にだけ冷たい目を向ける。優しいと評判の近所の老夫婦すら、私が近くを通ると、視界に入らないフリをするほどだ。
     心労で倒れた母が、病院から受け入れ拒否をされ、自宅の布団で療養するようになった時、私の中で徐々に、世界への憎悪が募り始めた。
     ――私たちが何をしたんだよ。私たちだって父の被害者だ。そもそも『明けぬ夜事件』の被害者でもないヒトまで怒り狂うのはどうして? 何かを失ったのか? 私たちからささやかな幸せを奪うほど、嘆き苦しんだというのか? 私たち母娘を批判できるほど、アンタたちは立派な人間なのかよ!!!
     言いたいことはたくさんある。
     でも吐き出せる場なんてないし、終わった事件の後日談になんて、誰も興味は示さない。
     だから、母が病死した夜に自宅を訪れた黒スーツの男性からこう誘われた時、心が揺らいだ。
     ――周囲がテロリスト扱いするなら、本当にテロ事件を引き起こしてみませんか?
     その恐ろしい提案を受け入れることにしたんだ。


    IP属地:浙江2楼2021-05-27 09:38
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       ――地下鉄に揺られながら、長椅子《ロングシート》に座って一人、今までの人生を振り返っていた。
       嫌なことばかりの人生でも、死を目前にすれば自然と、感傷に浸ってしまうのだと思い知る。
       これから大量殺戮をしようというのに、身勝手な自覚はある。
       でも、あと20分もすれば目的地の駅へと着いて、私の人生は幕引きなのだから、多少感傷に浸るくらいは許されるはずだ。
       都心に着くまでの間、もう少しだけ、穏やかな心地でいたかった。
       電車内を眺めてみると、“組織”の読み通り、ほとんどヒトを見かけない。
       車両の壁面に沿って設置された長椅子《ロングシート》にも、私以外に座る客は皆無。
       人の出入りが少ない駅では警戒が甘くなる点を突き、私の地元のローカル駅から都心へと向かうという計画は、半ば成功している。
       私は嫌われ者でも、今まで犯罪の前科はないし、警察も無警戒のはず。服装はビジネススーツ。怪しまれないよう、髪型もちゃんと整えてきた。自分で言うのもなんだけど、犯罪を起こすような外見ではない。
       計画を阻止できる者など誰もいないだろう。
      「やぁ。隣、座っていいかな?」
      「――え?」
       不意打ちで話しかけられて、声のした方を向く。
       いつの間にか、私のすぐそばに髪の白い女性が立っていた。
       白と黒の生地に金色の刺繍がなされた、ノーブルでかつフォーマルな見た目のドレスに身を包み、腰まで伸びた白い髪が一層優雅な雰囲気を醸し出している。
       ツリ上がった鋭い目の中心で輝く瞳は、まるで紫陽花のような色で、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
       でもよく見れば、女性の顔立ちにはまだ幼さが残っていた。
       浮世離れした外見ではあるものの、恐らく目の前の女性――いや少女は、高校生ぐらいの年齢に見えた。高く見積もっても、18は超えないはず。
       二十数年の人生の中で見てきた中で間違いなく、最も美しい少女だった。
      「ダメかな? 隣」
      「え、あ、い、いえ! どどど、どうぞ!」
       年下相手であろうに、つい敬語になってしまった。
       私以外の客などいないにも関わらず、少女は私の隣へと座る。
       段々と冷静になるに従って、隣の少女のおかしさに警戒を強めていく。
       犯行の直前に、常人離れした少女が現れ、わざわざ私の隣へと座るなど不自然だ。
       偶然で片付けられない。まず間違いなく、私の敵だろう。
      (……まさか、この子、私の計画に気付いている?)
       足元の紙袋の位置を、目立たないようにそっと少女から離した。
       もし仮に私を警戒していたとしても、まだ始めてもいない犯罪に証拠などない。
       紙袋の中身さえ見られなければ、いくらでも言い逃れできる。
       どのような行動に出るか警戒すべく、横目で少女の様子を伺った。
      「そう警戒しないでくれ、毒ヶ森松子《ぶすがもり まつこ》くん。不毛な駆け引きなどする気はないよ」
       いきなり本名で呼ばれた。
       もう悩むまでもない。
       間違いなく、目の前の少女は私に何らかの疑いを持って、アプローチをかけてきている。
       何としても、紙袋を奪われることだけは避けなくては。
      「ふふ、後生大事に紙袋を扱っているな。よほど大切なモノでも入っているのか?」
      「ただの書類ですよ。何なんですか、あなたは一体?」
      「すまない、申し遅れたな。私は理想探偵。『探偵同盟』という組織に属する探偵だ」
      「理想、探偵……」
       その名前には聞き覚えがあった。
       あくまでネット上のウワサでしかないけれど、ここ数年、大きな事件が未然に防がれた際には決まって『理想探偵』という名前を聞いたヒトが出るらしい。
       まるでヒーローのようなその存在は、彼女が所属する『探偵同盟』という組織の名と一緒に、ネット上でフォークロアのように広まっている。
      「その探偵さんが、何の用ですか?」
       ペースを握られないよう、こちらから問い掛けた。
       最優先は相手の目的を知ること。
       このまま相手のペースで話を進められるのは、避けなくてはならない。
       そんな私の心中を知ってか知らずか、自称・理想探偵の少女はさらりと告げる。
      「いや、何。キミが恐らく、毒薬を使ったテロの片棒をかつごうとしているだろうと予想して、先回りしていただけさ」
      「ハ、ハァ?」
       ――何で知っているの!?
       何とか平然と返すことができたけれど、内心胸はバクバク。
       表情を取り繕うので精いっぱいだった。
      「突然こんなことを言われれば困惑するのは当然だな。安心してくれ。警察への情報提供はまだだし、『探偵同盟』も私以外のメンバーは動いていない。私の独断専行だ」
      「私を疑う根拠でも、あるんですか?」
       必死に平静を保ちつつ、そう訊ねかけた。
       言っていることは意味不明だけど、理想探偵を名乗るこの少女以外に、私を疑っているヒトがいないことだけは分かった。
       この理想探偵を名乗る少女の言葉を信じるなら、まだ致命的な状況ではない。
      「確たる根拠はないよ」
      「なら、どこかへ行ってください。あなたと話すことなんて、何もありません」
      「手厳しいな。私はただ、キミの目的地に着くまでの20分間、話し合いの時間が欲しいだけなんだが」
      「ど、どうして目的地が新宿って……!?」
       口に出してすぐに自らの口を手で塞ぐ。
       しまった。
       ただのカマかけだったかもしれないのに、目的地を言ってしまうなんて最悪だ。
       警察でも呼ばれて先回りされれば、一巻の終わりじゃないか。
      「大したことではない。キミの元に化学兵器が手配され、過去の事件の手法をなぞるとすれば、この路線で最も経済が発展した駅で犯行を行うのが効果的だろう?」
      「あなた、どこまで私のことを……」
      「私ばかりに話をさせるのはフェアじゃない。少しはキミ自身のことも話したらどうだ?」
       理想探偵は腕を組んで余裕の笑みをたたえたまま、仲間や警察へ連絡を取る素振りも見せない。
       余裕の表れなのか。それとも、ただのアホなのか。
       目の前の少女が何を考えているのか分からない。
      「さっきから煙に巻くような発言ばかり。根拠もない推測に、応える義理はありませんね」
      「そうか。ならば、段階を踏んで話していこうか」
       理想探偵が真っ直ぐに私と目を合わせる。
       その目は宝石のようにキレイなのに、年下の少女とは思えないほど鋭く、力強い。
       私は、蛇に睨まれた蛙みたいに、ピクリとも動けなくなった。
      「キミも、自分の父親が加担していた『明けぬ夜事件』については知っているだろう? とある新興宗教団体が、大地震に乗じて都心の地下鉄で化学兵器によるテロを決行。しかし、その計画を察知していた警察が対処し、被害を最小限に留めることができた」
      「ええ、知っていますとも。父が犯してきた罪のせいで、残された私たち家族も随分と苦労してきましたから」
      「だろうな。キミの父親、毒ヶ森英堂《ぶすがもり えいどう》は事件で用いられた化学兵器の開発者だ。彼は化学兵器の開発に当たって、多くの罪なき人間を実験材料にしたとされている。世間からのバッシングも強くて当然だろう」
       理想探偵の話を聞いているだけで、嫌な記憶が思い返され、ドス黒い感情が湧き上がっていく。
       本当に最低の父親だ。
       聞けば聞くほど、死刑になって当然の人物だと思う。
       だからこそ、私もこれまで、周囲からの仕打ちに耐え続けてきた。
       だけど、これ以上は、もう耐えきれない――。
      「……父親が罪人だから、疑ったというワケですか。探偵とか言っても、根本は無責任なマスコミと変わりませんね」
      「早合点するな。父親は父親、キミはキミだろう? 父親を理由に疑うなど愚の骨頂だ」
      「なら何故、私を疑ったんですか?」
       こらえ切れない感情が声になって溢れ出した。
       一度言葉にしてしまうと、もう止まらない。
      「私はこれまで真面目に生きてきました。父親以外のことで、誰かに疑われる要素はないはずです。いつもいつも、いつもいつもいつも……! 私の人生は父のせいで台無しになってきたんですよ!」
       堰を切ったように次々と溢れ出す父親への恨み。
      「私が何をしたって言うんですか……!? 父以外の点で私を疑った理由があるなら教えてください! 私の何が悪かったのか、教えてくださいよ!」
       これは、ただの八つ当たりだ。
       今まで溜め込んできた感情を、目の前の少女にぶつけているだけ。
       そんなことは分かっている。
       分かっているけど、止められない。
       十年以上も苦しみ続けてきた想いが、全部口から溢れ出していく。
      「どうして父親が犯した罪を、私が背負いを続けていかないといけないんですか!?!!」
       私と理想探偵しかいない地下鉄の車両に、私の絶叫が反響する。
       理想探偵は何も言わず、ただじっと私を見つめ続けていた。
       それから、私が全ての言葉を言い切ったのを確認したように、ようやく口を開く。
      「毒ヶ森松子くん。キミが如何に苦しんできたかは、よく分かった。しかし、キミはひとつ大きな誤解をしている」
      「誤解、って……?」
       私にそっと微笑を返すと、理想探偵は懐から折り畳まれた一枚の紙を取り出した。
       理想探偵がその紙を開くと、中には意味不明な文字列が並んでいて、内容は読み取れない。
       ただ、最後だけは普通の日本語で、ハッキリと読み取れた。
       ――毒ヶ森英堂、と。
      「それは、父の……?」
      「ああ。キミの父から探偵同盟に届けられた手紙だ。盗み見られても平気とするためか、少々難解な暗号になっていたが、中身は読み取れた。だから今、私はキミの前にいる」
      「ハァ? 何で私に繋がるんです?」
       言っている意味が分からず、問い返してしまった。
       暗号を解いたことが、何で私を疑う結果に繋がるというのか。
       私が首をかしげたのを見て、理想探偵は表情に影を落とし、言葉を続ける。
      「手紙にこう書かれていたからさ。娘が狙われている。助けてくれ、とな」
      「え……?」
       思いもしなかった言葉を聞き、私の頭の中は真っ白となった。
       ――後編へ続く


      IP属地:浙江3楼2021-05-27 09:38
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        ●【後編】 『悲劇の結末は、』
         物心がついた頃から、父は研究とやらに没頭してばかりで、自宅に一度も帰ってこなかった。
         私は安い市営住宅で母と二人暮らし。
         他の家族みたいに、休日に父に連れられて遠出した、なんて記憶もない。
         中古のゲームで遊んだり、父の蔵書を読み漁ったりするくらいしか娯楽がなくて、流行りの話題にも当然乗れない。
         私にとっての父は、テレビで観る芸能人よりも、ゲームの中のキャラクターよりも、ずっと非現実的な存在だった。
         でも印象深かったことがひとつある。
         それは、父を語る時の母は、とても幸せそうな顔をしていたことだ。
         父が凶悪犯として指名手配され、逮捕されたあとでも、母が父を悪く言うことは一度もなかった。
         肺の病気を患ったのに通院する余裕もなく、自宅の布団で弱っていく中でも、「父には何か事情があったはずだ」と、「今でも私たちを愛しているはずだ」と、頑なに信じ続けていた。
         私の目には、そんな母がとても愚かに映った。
         父に洗脳された可哀想なヒトだって、ずっと思っていた。
         そう思う以外に――父を恨む以外に、私には生きる術がなかった。
        「――どうした、毒ヶ森松子くん。私の言葉は、届いているか?」
         それなのに今、すぐ隣に座る白髪の少女は、父が私を守るよう依頼してきたなどとのたまっている。
         とんだお笑いだ。信じられるワケがない。
        「聞こえていますよ、理想探偵さん。父が私を守るよう、あなたに依頼したと、そう言いましたね」
        「ああ、そう言ったとも。だからこそ、私はキミの凶行に気付くことができたんだ」
        「どういう意味ですか?」
        「注意深く見ていれば、キミの行動には不自然な点が多数あることだよ」
         語りつつ、理想探偵が私の足元の紙袋を指差した。
        「無地の紙袋を購入し持ち歩くことなど、滅多にあることじゃない。何か大型のものを購入して自宅へ持ち帰る予定があれば別だが、キミの素性を調べた限り、紙袋が必要な何かを購入する趣味を持っているワケでもない」
        「そんなの……分からないじゃないですか。確たる証拠がないのに、憶測で疑い過ぎでは?」
        「分からないからこそ警戒するんだよ。キミの父が作った化学兵器は、紙袋に入れて持ち運び、中身に穴を開け、毒ガスを発生させる仕組みだ。この状況でキミが紙袋を持ち歩けば、警戒して当然だろう」
         完全に中身を言い当てられ、返答に窮してしまう。
         理想探偵の言う通り、この紙袋の中身は化学兵器――合成を避けるよう分けた状態でビニールにパック詰めした、薬品のセットだ。
         中身のパックに穴を開ければ、薬品が合成され、毒ガスが蔓延する。
         毒ガスの発生に成功すれば、電車の車両内はもちろんのこと、車両の止まった駅の構内も、深刻な被害は避けられない。
         私自身が進めている計画ながら、許されざる凶悪さだと思う。
        「キミの犯行を察知した理由は紙袋だけでなく、その傘もだよ。今日は地下鉄へ降りる前にキミがしてみせたように、ついつい空を見上げたくなるほどの快晴……日傘でもないなら傘を持ち歩く理由がない」
        「……心配性な、だけですよ」
        「そうか。なら、傘の先端を研磨して尖らせるのはやめた方がいい。ビニールの袋だけでなく、人間の身体にだって刺さりそうだからな」
         傘が、紙袋の中身に穴を開けるための道具であることも見抜かれていたようだ。
         何から何まで見抜かれてしまっている。
         人間離れした洞察力と、有無を言わさない雰囲気。
         目の前の少女が、過去にも多くの事件を未然に防いできたというウワサは、真実なのだろう。
         だけど、それでも私は、計画を止めるワケにはいかない。
         いや、止める理由がないんだ。
        「流石は探偵さんですね。紙袋の中身も、傘を持ち歩く理由も不正解ですけど、その想像力の豊かさには感服します」
        「キミは、死ぬのを止めない気か?」
        「さぁ、どうでしょう。ただ少なくとも、私がこの先で生きていても意味がないことは事実です。だって私の人生は……父が引き起こした悲劇の、後日談に過ぎないのだから」
         どうせ最期だから――と、自然と本心が口から溢れ出る。
         目的地の駅に到着するまで残り10分もない。
         少女が何を言おうと、何をしようと、私の手の傘を紙袋に突き立てれば、全て終わりだ。
         死ぬ前に今まで溜め込んだモヤモヤを吐き出したい、この少女にぶつけたいと、そう思わずにいられなかった。
        「みんな悲劇には目を向けるんですよ。悲劇の被害者たちにはみんな同情するし、悲劇を引き起こした犯人は殺さんばかりに憎悪する。関心を寄せます。でも、その悲劇のあとの後日談には、誰も目を向けません」
        「……確かに、そうだな。事件のほとぼりが冷めて世間から忘れかけられた頃に、どこかのメディアが特集を組むくらいだろう」
        「ええ、その通り。誰も私たちには関心を向けなかったし、誰も助けてくれなかった。真面目に生きても損ばかり。きっとこの先も、同じような人生が続くでしょう……そんなの、生きている意味がありません」
        「だから、罪のない者たちを巻き込んで死ぬのか?」
         理想探偵がこれまでで最も冷たい声で言った。
         今隣で、少女はどんな顔をしているのだろう。怖い。恐ろしくて目を向けられない。私はうつむいたまま、つぶやくように答える。
        「私だって、罪もないのに苦しみ続けましたよ」
        「そうだな。その点には同情する。喜んでキミに手を差し伸べよう。だが、かと言って罪を犯す免罪符にはならない」
        「うる、さいですね……関係ないでしょ、黙っててください」
        「断る。傷つけることは無関係でも可能だが、救うことは関係を持たなければ不可能だからな」
         理想探偵の白い指が私の頬に触れた。
         それからゆっくりと、自分の方を向くよう、指を肌に伝わせる。
        「ヒトを傷つけるなとは言わない。誰かを傷つけずに生きるなど不可能だ。罪を犯すなとも言わない。ヒトは誰しも、大なり小なり罪を犯して生きるものだろう。しかし、自らの命を断つことだけは、認められない」
         理想探偵の指に促されるままに、私は理想探偵の方を向かされてしまった。


        IP属地:浙江4楼2021-05-27 09:41
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           再び目にした理想探偵の顔は、意外にも慈愛に満ちた笑顔だった。
           キレイな紫陽花色の瞳が、私の心まで見透かすみたいに、真っ直ぐに私を見つめて、離さない。
          「過酷な運命を背負いながらも、これまで罪ひとつ犯すことなくキミの気高さを、私は心から敬愛しよう。キミが今犯そうとしている罪は、他の誰でもなく、キミ自身を傷つける行動だから、止めて欲しいんだ」
          「何、それ……」
           ――耳を傾けちゃダメ。
           この少女の言葉は深く、私の心に突き刺さる。
           長い時間をかけて、ようやく固めた覚悟なのに、崩れてしまう。
           そう分かっているのに、少女から目を、離せない。
          「それに、キミには生きるべき理由がもうひとつある。それは、キミの父親だ」
          「父……? 私たち家族を苦しめた元凶が、何故理由になるんですか……?」
          「先ほども言った通り、キミは大きな誤解をしている。彼は確かにキミたち家族を苦しめただろうが、それ以上にキミたちを愛し、守ってきたんだよ」
           理想探偵が再び懐から何かを取り出した。
           それは、金色のロケットペンダント。
           母が同じものを愛用していた記憶が頭をよぎり、直感的に父のものだと悟る。
           理想探偵の指がペンダントをイジると、二枚貝のようにパカッと開いて、内部の写真が露わとなった。
           そこに映っていたのは、赤ん坊を抱く若かりし頃の母と、どこか私の面影を感じさせる白髪の男性。
           目にするのは初めてだけど、ひと目で分かる。
           間違いなく父であった。
          「このペンダントと共に届けられた手紙によると、刑務所に収監されている毒ヶ森英堂の元に、妙な組織からコンタクトがあったらしい。化学兵器の製造に力を貸して欲しい、とな」
           つい視線を足元の紙袋へと向ける。
           確かに、明けぬ夜事件と同じ犯行だとは思っていたけど、まさかこの化学兵器は父が……?
          「早合点しちゃいけない。キミの父はその要請を断ったんだ。すると、次に彼の元に届けられたのは、娘であるキミの写真だった。暗に脅しをかけたワケだな……明けぬ夜事件の時と同様に」
          「え――」
           一瞬頭の中が真っ白になった。
           理想探偵の口にした言葉の意味を、上手く頭の中で処理できない。
          「あ、明けぬ夜事件の時と、同様にって? どういう、こと?」
           私が問いかけると、理想探偵は意外そうな様子で目を丸くした。
          「知らなかったのか? キミの父が明けぬ夜事件に化学者として加担したのは、奥さんと娘のキミを守るためだよ。事件に巻き込まないために、キミたち家族の元を離れたんだ。もっとも、近年になってようやく公になり始めた話だがな」
          「し、知らない、そんなの知らない……どうして、娘の私に誰も知らせてくれないんですか……? 何で私は、知ることができなかったんですか?」
           自分で言って、すぐに理由を悟ってしまう。
           これは、皮肉なまでに、自業自得の結末だ――。
          「先ほど自分で口にした通りだ。キミは、父親が引き起こした悲劇には目を向けたが、その後日談……父親自身には目を向けなかった。だから、彼の言葉は届かなかったんだ」
          「お父さん、は……? 私を守るよう依頼したってことは、父は要請を断ったんですよね? どうなったんですか?」
          「……獄中で首を吊っているのが発見されたよ。自殺だと言われているが、私は口封じのための暗殺だと考えている。卑劣極まるやり口だ」
          「そんな……そん、な……」
           誰も私自身を見てくれないと嘆き続けてきたけど、私も同じだった。
           私だって、父が犯した罪のことばかりを見て、父自身を見ようとしてこなかった。
           父を悪者にして、ひたすらに憎み続けて、真実を知ろうともせず、挙句の果てには父の仇の計画に協力までして――。
           何も知らないまま利用されて死ぬところだったんだ。
           強張っていた身体から力が抜けていく。
           呪われているみたいに、ずっと握りっぱなしだった傘を、ようやく手離すことができた。
          「理想探偵さん……ありがとう、ございます。今からでも、自首は間に合うでしょうか?」
          「何を言っているんだ。キミは“謎の組織から提供を受けた薬品を警察に届け出ようと、決死の覚悟で持ち運んでいる”だけだろう? 私がそう証言する、誰にも文句は言わせない」
           理想探偵がイタズラっぽく微笑みかけた。
           あどけなさの残るその顔は、確かに少女のもので。
           張り詰めていた私の心を、決定的なまでに、緩めていく。
          「キミは自分の人生を後日談だと言ったが、バカを言うな。人生は舞台とは違う。悲劇などいくらでも起こるし、そうやすやすと幕を下ろさせてはくれないものだよ」
           そう言って、理想探偵はおもむろに席を立って、車両の中央に立つと、誰もいない車両の入り口を指差した。
          「この事件の幕引きも少し早いようだな……そろそろ姿を見せたらどうだ? 盗み見坊や《ピーピング・トム》」
           理想探偵が何を言っているのか分からなかった。
           しかし、次の瞬間に起きた信じがたい出来事を受け、その意味を理解する。
           誰もいなかったはずの車両の入り口がひとりでに開いて、車両と車両の隙間の溝から、ウソみたいに細い男が這い出てきたんだ。
           男は車両の天井に頭が届きそうなほどの長身であるものの、身体が木の枝みたいに細く、骨ばっていて、筋肉はほとんど見えない。その細身にフィットしたゴム状の黒い衣装は、肘と膝で途切れ、骨ばった四肢を露出している。唯一丸みを帯びた頭部には、頭髪も髭も生えておらず、ギョロリとした丸い目が妖しく輝いて見えた。
          「だ、誰、このヒト……!?」
          「キミの監視役だろう。素人のキミ一人にまかせるはずもない。どこかにいるだろうと、観察を続けていて正解だった」
           細身の男がゆらゆらと私たちの方へ近づいてくる。
           それだけで、全身がプツプツと鳥肌立った。
           妙な悪寒で震えが止まらない。
           私の中の生存本能が、この場から逃げろと叫び続けている。
          「ふふ、大した殺意だ。私を始末し、テロを遂行するつもりだな?」
           対して、私のそばに立つ理想探偵は余裕綽々。
           不気味な男が迫ってきているのに、何ら慌てる様子がない。
           男が表情を険しくし、木の枝のような腕を揺らす。
           次の瞬間、理想探偵の袖の端が、刃物に触れたみたいに切れた。
          「骨を活かした“斬れる打撃”か。面白い……受け方を間違えれば死ぬな」
          「り、理想探偵さん、逃げて……! もうすぐ駅に着くはずだから!」
           必死に叫んだ。
           しかし理想探偵は微笑をたたえたまま、拳を上げ、臨戦体勢をとる。
          「安心しろ、松子くん。探偵に荒事は付き物。この程度の相手、すぐに片付く」
           そう言って、理想探偵が私に視線を向けた瞬間――細身の男の肘が彼女の顔面めがけて飛んできた。
           しかし理想探偵は、私の方を見たまま、首を傾けて紙一重で肘を回避する。
           間髪入れず、男の膝が、拳が、両肘が続けて襲いかかるけれど、理想探偵にはかすりもしない。
           まるで、吹き荒れる暴風雨の中、彼女の周囲だけが晴天かのようだ。
          「私に噛みつく度胸は称賛しよう。だが、身の程を知れ」
           そして理想探偵は男に向かって、拳を軽く振るった。
           次の瞬間、アゴがオモチャみたいに簡単に外れ、男はその場に崩れ落ちてしまう。
           本当にすぐ決着がついてしまった。
           この理想探偵という少女は、自ら言っていた通り、頭脳だけでなく武道もこなすらしい。
           私が目の前の非現実的な光景を呆然と眺める中、懐から手錠を取り出し、細身の男を後ろ手に拘束していく理想探偵。
           男の拘束を終えると、彼女は再び私へと向き直り、口を開いた。
          「キミに接触を図ってきたのは、平気で他者の命を弄ぶ危険極まりない組織だ。私は探偵として……この国を守る者として放ってはおけない。キミも探偵同盟に加わって、私に力を貸してくれないか?」
          「力を貸す、って……? 私に、何ができるんですか?」
          「キミが目をつけられたのは、父親ゆずりの化学者としての才覚を有しているからに他ならない。幼い頃から、父親の本で勉強してきたのだろう?」
           確かに、父の一件で学校をやめるまでの間、幼い頃からずっと勉強をしてきた。
           でも随分と昔の話だし、今では記憶も曖昧。
           きっと私を探偵同盟に迎え入れるための、方便に過ぎないのだろう。
          「……力になれる自信はありませんよ?」
          「なれるさ。キミはこれまで悲劇に屈せず、真っ直ぐに生き続けてきた強いヒトなのだから」
           そう言って、理想探偵は私に手を差し出してくれた。
           ――ズルいヒト。
           今までずっとうつむいて、明けない夜みたいに真っ暗な人生を生きてきたのに。
           これほど明るく、まばゆい道を示されては、顔を上げずにはいられないじゃないか。
           私は理想探偵の手を取り、立ち上がった。
           同時にタイミングよく、目的地である新宿へと到着する。
           紙袋を慎重に持ち上げ、理想探偵と共に、車両から駅のホームへと歩み出た。
           そして理想探偵に手を引かれ、太陽が照らす地上への階段を、昇っていくのであった――。


          IP属地:浙江5楼2021-05-27 09:43
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            ●後日談『探偵八ツ裂き事件』幕間
             理想探偵の前に遺体の山が積み上がっている。
             その多くが白衣姿。
             『探偵同盟』の裏方として、サポートに徹していた研究員たちばかりだ。
             中には、理想探偵にスカウトされ、彼女の力となるべく仲間に加わった者も少なくない。
            「……キミもか、孤毒探偵」
             理想探偵が遺体の山へと手を伸ばす。
             積み上げられた肉塊の中に、彼女のよく知る顔があった。
             孤毒探偵。本名、毒ヶ森松子。
             かつてテロ事件の犯人になりかけたところを救い、仲間に誘った女性だ。
             『探偵同盟』に加わったのち、死に物狂いの努力で成長し、遂に先日、化学研究室の室長に昇進したばかりであった。
             そんな彼女が、ゴミのごとく積み重ねられ、冷たくなっている。
             これまで数多くの遺体を目にしてきた理想探偵も、流石にこの光景には、胸が痛まずにはいられない。
            「すまない、松子くん。私が『探偵同盟』に誘ってしまったばかりに、キミは……」
             体温のない粘土色の肌に触れながら、悲痛に表情を歪ませ、理想探偵は手を離す。
             罪悪感はある。
             しかし、その感情に囚われている時間などない。
             後ろで待機していた仲間たちへと向き直る理想探偵。
             その表情からは既に、憂いも、悲哀も、後悔も、全て拭い去られていた。
            「待たせてすまない、探偵同盟の諸君。まずは、無惨に積み上げられた我々の同胞たちを、丁寧に弔ってやろう」
             理想探偵の言葉に仲間たちがうなずく。
             思いもしないショッキングな光景に動揺こそしたものの、それで心が折れた人物は一人としていない。
             この島に召集された12人の探偵と“彼”が力を合わせれば、目的を達成できると、理想探偵は信じている――。
            「私たちの手で、八ツ裂き公が引き起こした悲劇を、覆してやろうじゃないか」
            ――本編『探偵撲滅』に続く


            IP属地:浙江6楼2021-05-27 09:43
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              来了来了


              IP属地:海南来自Android客户端7楼2021-05-27 09:50
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                本篇小说主要介绍了理想侦探将孤毒侦探『毒之森松子』从明けぬ夜(不明之夜)事件的束缚中拯救出来的故事


                IP属地:浙江8楼2021-05-28 19:58
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                  理想死了?


                  IP属地:江西来自Android客户端9楼2021-05-28 22:56
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