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官方web小说魔界侦探篇《魔界捜査ファイル~狼男は実在した!》

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 ――文学探偵が殺された。
 携帯タブレット型の通信装置『探偵デバイス』越しにそう伝えられたのは、朝食の準備の最中であった。
 思わず力が抜けて、握っていたフライパンがコンロの上へと落下し、自家製のベーコンごとひっくり返った。
 無機質な警告音が鳴り、コンロの火が止まる。
 先ほどまでかぐわしく思えたタンパク質の焼ける匂いが、やけに鼻につく。
 探偵として、多くの経験を経てきた自信があったが、二十年来の友人の死を冷静に処理できるほど、まだ私は強くなかったらしい。
「……すまないな、魔界探偵。キミに最優先で伝えるべきかと思ったが、軽率だったかもしれない」
 デバイス越しに、まだ年端も行かない少女の声で気遣われた。
 いけない。
 私の役割は彼女を教え、導くことのはずだ。
 ゆっくりと息を整え、デバイスの向こうの会話相手――理想探偵に返答する。
「詳細を教えてくれ、理想探偵。彼の友人として、この事件は私が解決してみせよう」
「私怨で動かないと、約束できるか?」
「私は探偵だ、私怨でなど動かんさ。一流の探偵とは――」
「感情に振り回されるのではなく、感情を武器として振るう者、だろう? その言葉は、もう聞き飽きているよ」
 デバイス越しに笑い合ったのち、会話は続く。
「魔界探偵、正直に話そう。キミの心労も承知で伝えたのは、今回の殺人事件の真相を解明するのに、キミが最も適任だと思ったからだ」
 デバイスから通知音が鳴ったので確認すると、今回の事件の仔細な資料が送られてきていた。
 さわりだけ素早く資料を確認すると、興味深い証言が目にとまり、理想探偵の言わんとする意図を理解する。
「『無事保護された被害者の娘は、犯行時刻に自宅で狼男を見たと、証言している』だと?」
「気付いたか。幼い少女の証言ということもあって、警察はその証言を見間違いだと断定しているが、私は腑に落ちない。この事件の裏には、何かがあると見ている」
 ――狼男。
 『狼憑き』や『ウルフマン』、『ウェアウルフ』、『人狼』など、その呼び名を変えつつも、世界中で広く知られた怪異のひとつ。
 かつては文学の題材としても広く用いられ、エンタメの世界ではもはや使い古されたキャラクターだ。
 そんな狼男がかつて『文学探偵』として活躍していた文学家を殺害し、オカルトの専門家であるこの私が捜査へ臨むことになるとは……。
 何とも奇妙な運命。
 いや、如何にも運命的だと言うべきか。
「探偵同盟を代表して命じよう。
 魔界探偵――オカルトの専門家として、狼男の正体を暴き出せ」


IP属地:浙江1楼2021-05-28 21:40回复
    ●第1幕『住宅街の狼男』
     都心から離れた物静かな住宅街。
     多くの世帯が住むベッドタウンとして知られており、殺人事件などとは縁遠い、穏やかな空気が流れている。
     そんなのどかな景観の一角に、制服姿の警官たちが多数集まっているのだから、違和感が甚だしい。
     そんな非日常的な集団の元へと近寄って、私は挨拶がてら、声をかけてみた。
    「捜査ごくろう。進捗はどうだ?」
    「え……? いや、誰ですか、あなた。何ですか、その変な格好」
     警官に青ざめた顔で問われ、自分の格好を改めて確認する。
     神父服《キャソック》を元に仕立て直した漆黒の平服に、かの黒魔術師『ラ・ヴォワザン』の遺品とされるレッド・ジャケット。全身に巻いた魔除けの数珠。
     右目に触れ、トレードマークの眼帯が装着されていることも確認できた。
     何らおかしな要素はない。
    「私の格好が変に見えるのか? 殺害現場を見たショックで、幻覚を見ている可能性があるな」
    「いやいや、正常ですよ! おかしいのはあなたの格好です! ここはコスプレ会場ではないんですよ!?」
     凄まじい剣幕で警官が詰め寄ってきた。
     壮絶な現場を見たことで、精神的にまいっているのだろう。
     一刻も早く、捜査を始めなければなるまい。
    「細かな話はあとだ。早く現場を見せてくれ」
    「細かくないですよ!? あなたみたいな変質者を現場に入れるワケにはいきません! 止まってください!」
    「はい、そこまで。そのヒトは変質者ではないから、落ち着いてー」
     警官がまとわりついてきたところで、女性警官がこちらへ歩いてきた。
     私の身体を押さえにきていた警官が、素早く私から離れ、ビシッと敬礼する。
     どうやら、女性警官は彼の上司らしい。
     青いフチの眼鏡に愛嬌のある丸い目。
     写真で見たことはあったが、目にするのは初めての相手だ。
    「ひと目で分かりましたよ、あなたが魔界探偵ですね? 念のため、取り決めの通り、探偵デバイスを見せてもらえますか?」
    「そうだったな、すまない。まだ不慣れなせいで忘れていた」
     懐から探偵デバイスを取り出し、電子ロックを解除して、青ブチ眼鏡の警官に画面を見せた。
     すると警官は微笑を浮かべ、懐から警察手帳を取り出してみせた。
    「理想探偵から話は聞いていますよ。評判通りの、いいファッションセンスです」
    「キミがウワサの蒼井《あおい》管理官か。会えて光栄だ。キミと、キミの実家には、我々もとても助けられている」
    「ふふ、それはよかった。では今度は、私たちが助けていただく番ですね」
     語りつつ、蒼井管理官が現場となった家へと、私を先導する。
     瓦屋根風の屋根に、木目調の柱が随所に見える外観。
     住宅街には不釣り合いなほど、緑鮮やかな生け垣に、その上から顔を出す観賞用の笹。
     和風モダンとも言うべきそのデザインに、被害者の破天荒でありながら妙な部分で昔気質であった性格が、よく表れている。
     願わくば、生きている間に訪れたかったものだ。
    「期待していますよ、魔界探偵。何と言ったって今回の事件の被害者は、あの著名な文学家『芥川龍太郎』……解決できなければ、警察の威信に関わりますからね」
     ――あの家で、龍太郎は死んだのか。
     家へと近づくにつれて、遥か昔の記憶が浮かび上がってきた。
     かつてライバルとして鎬を削り合った相手、『文学探偵』との争いの記憶が――。


    IP属地:浙江2楼2021-05-28 21:41
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       もう十年以上も前になろうか。
       私と龍太郎は、とある麻薬組織が絡んだ殺人事件の捜査中にしくじり、犯人に拘束され、車のトランクの中に押し込められた。
       何も見えない暗闇の中、男二人、背中合わせで寝かされた状態。
       足は拘束されていないものの、手は後ろ手に縛られた状態で、まともに身動きがとれない。
       力づくでトランクをこじ開けることは不可能だ。
       座席とは桁違いの揺れで、吐き気がこみ上げてくる。
       あと数十分もすれば、人気のない場所に到着し、殺されてしまう。
       百戦錬磨の自負があった私も、無力感に打ちのめされ、絶望していた。
      「神よ……我らの命を、どうか救いたまえ」
      「魔界探偵と呼ばれているキミが、こんな時に神頼みかい? 笑えないコメディはやめてくれよ」
       暗がりの中で身体を動かしながら、『文学探偵』――芥川龍太郎《あくたがわ りゅうたろう》が挑発的な声で言った。
      「言うではないか、文学探偵。ならば、お得意の知識量でこの窮地を脱せるのか? もはや、神に願う他あるまい」
      「ああ、脱出してみせるさ。ただ、僕の側からブレーキランプに手が届かないから、キミの助けがいる。死の恐怖から目を背けず、共に立ち向かおうじゃないか」
       それから文学探偵は、過去に読んだ小説で、トランク内にある点検用パネルをこじ開け、ブレーキランプを破壊し、外に助けを求める展開があったことを説明した。
       座席側を向いた状態の文学探偵では発見できない。
       だから私に発見して欲しい、と。
      「フィクションと現実は違うぞ、文学探偵。考えが甘すぎるのではないのか?」
      「オカルト脳みそ野郎のキミには言われたくないな。どうせ今のままでは殺されるだけなんだ、死ぬ前にひと暴れといこう」
      「まったく……相変わらず、貴様といると調子が狂う」
       それから暗闇の中を必死に探し回り、点検用パネルらしきものを発見。手が使えないので口でこじ開け、ブレーキランプの裏側を剥き出しの状態とした。
      「おい、開いたぞ。ここからどうすればいい?」
      「小説では、コードを引き千切ったあと、足で外に蹴り出していたね」
      「な、何だと……!? ならば、ブレーキランプが顔の位置にある今の状態で、どうしろと言うんだ!? 引き千切るのはまだしも、蹴り出すことなど不可能ではないか!」
      「それは分からない。まぁキミなら、何とかできるだろ?」
      「貴様……脱出したら、覚えていろよ」
       結局、私はコードを口で引き千切り、頭突きでブレーキランプを外に押し出した。
       その後は、開いた穴を覗き続けた結果、視線の合った後続車の運転手が通報してくれて、九死に一生を得ることとなる。
       そして救助が来るまでの間は、私と文学探偵はトランクの中で、互いの将来のことを語り合った。
      「魔界探偵、口は大丈夫かい?」
      「おかげさまで血まみれだよ。しばらくは、固形物を控えることになるだろうな」
      「すまないねぇ、本当に感謝しているよ。探偵を引退する前に、いい思い出ができた」
      「何だと……? まさか貴様、今回の件で臆したのか?」
       確かに、今回の事件は異常な点が多かった。
       私たち探偵二人が出し抜かれるほどの犯人の狡猾さ。
       ならず者の集団とは思えない異常な技術力と、その技術で作られた高純度の薬物。
       そして犯人たちが口にしていた『明王』という謎の言葉。
       今回暴くことができたのは、闇の一部。背後で得体の知れない巨悪が蠢いているような、妙な心地がしたのは事実だ。
       しかし――
      「貴様もつい先ほど、死の恐怖に立ち向かえと言ったではないか。目指す場所は違えども、貴様とは信念を同じくしていると思っていた。見損なったぞ、文学探偵」
      「立ち向かい方も色々さ。僕はこれから作家になって、文学の方面から探偵たちを支えていこうと思ったんだよ」
       何ともお気楽な調子で文学探偵は言った。
       その言葉に、聞いているこちらまで、気が抜けそうになる。
      「魔界探偵、キミも感じただろう? 今回の事件の裏に潜む、邪悪な何かを」
      「……ああ。そう遠くない未来に、大きな事件が起こる。そんな妙な胸騒ぎがした」
      「僕も同じさ。僕の予想ではこの先、凶悪犯罪が増えていく。その時のためにも、『探偵』を愛する若い世代を増やすべきだと思うんだよ」
      「それと作家になることに、どんな関係がある?」
      「よくぞ聞いてくれたね! 僕やキミの経験を元に、探偵小説を作るんだよ! コイツは流行るぞ~~~? なんたって、僕らが解決してきた事件は、奇々怪々なものばかりだものなぁ!」
       鼻息荒く語る文学探偵。
       夢を見すぎだと反論してやりたくなったが、怒らせると面倒なので黙っておくことにする。
       それに、この男は抜けているが、バカではない。
       コイツなりに、真剣に探偵の未来を想っての行動には、違いないのだ。
      「……まぁいいのではないか? 私はこれからも探偵を続けるし、取材が必要になれば、いつでも連絡を寄越すといい」
      「持つべき者は親友だね。デビューした暁には、真っ先にサイン入りの本を贈るよ!」
      「ただし、私が解決した事件をネタにした場合は、印税の一割を寄越せ」
      「金を取るのかい!?
       キミは金に執着しないタイプのはずだろう!?」
      「私が儲からないことは気にならないが、私をネタにした者が儲けを独り占めすることは耐えがたい。貴様の作品は常に監視しているから、約束を違えるなよ?」
      「はいはい、分かりましたー……これからもよろしく頼んだよ、魔界探偵」
      「頼まれてやるさ、“龍太郎”」
       狭いのトランクの中、私たちは背中合わせで笑い合った。
       それから一年後、龍太郎は宣言通り、『探偵小説』の新鋭として成功を収め、多くの探偵ファンを生み出すことになった。
       『明けぬ夜事件』の影響で凶悪犯罪が増えるに従って、優秀な探偵が次々と頭角を現し、人気を博すようになった現状にも、少なからず影響していることだろう。
       龍太郎は作家として。
       私は現場の探偵として。
       私たちは二人で、探偵業界を盛り上げることに尽力し続けた。
       この数年は、私が海外を拠点としていたこともあり、連絡こそ取り合っていなかったが、これからも私たちの関係は変わらない。
       そう、思っていた――。


      IP属地:浙江3楼2021-05-28 21:41
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         本棚とデスクとベッド以外に何もない一室。
         その隅のツインベッドの上で、龍太郎とその奥方が、首から血を撒き散らして絶命をしている。
        「――龍、太郎」
         即死だったのか、ベッドに乱れた様子は見られない。
         十五年前から変わらない坊主頭と、その脇に置かれた丸眼鏡に、つい懐かしい気持ちとなった。
         しかし、もう龍太郎とは二度と言葉を交わせない。
         覚悟していたはずだが、それでも目眩に襲われる。
         また私は親しい者を失ったのだと、今更ながらに実感することとなった。
        「大丈夫ですか、魔界探偵」
         隣の蒼井管理官が私に訊ねかけた。
         呆けてしまっていた表情を引き締め直し、ハッキリと返事をする。
        「すまない、もう平気だ。状況を見る限り、龍太郎と奥方は就寝中に襲われたようだな」
        「ええ。喉を鋭利な刃物でひと刺し。咄嗟の犯行ではなく、犯人は明確な殺意を持って、この部屋を訪れたのでしょう」
         龍太郎の家は一階建て。
         この寝室は家の東北の隅に位置している。
         他に荒らされた部屋などないことから、物取りの犯行でないことは確定とみていい。
        「動機は恐らく、怨恨か」
        「私も同意見です。仏《ホトケ》は著名な作家でかつ、この近所では有名な夫婦だったので、怨恨による犯行だと考えるのが妥当でしょう。ただ――」
        「怨恨にしては殺害方法がスマート過ぎるな。恨みのある相手を殺害する場合、不要に力むことや、不安から必要以上に遺体を傷つけることが多い」
         自分の探偵としての経験上、このような状況には心当たりがある。
        「『殺し』に特化した、プロの犯行である可能性もあるな」
        「流石は魔界探偵、ひと目でそこまで分かりますか」
         蒼井管理官が楽しげに口笛を鳴らした。
        「ただ、問題はここからですよ。実はこの家は犯行当時、巨大な密室状態にあったんです」
        「密室状態だと? どういうことだ?」
         蒼井管理官に案内され、寝室を出て玄関へと案内をされた。
         玄関の扉は外観こそ和風の引き戸であったものの、カードキー形式の電子ロックであり、ピッキングが難しい仕様となっている。
        「どうです? 昔ながらの、ワイヤーを用いた密室トリックなどは難しいでしょう?」
        「そうだな。犯人がプロの殺し屋ならば、ハッキング用のカードキーを所持している可能性はあるが……」
        「今回は、その可能性もなさそうです」
         蒼井管理官が引き戸を開くと、外へと続く門まで真っ直ぐに石畳が敷かれていた。
         そして、すぐ頭上には監視カメラ。
         玄関の周囲を、余さずに映し出す箇所に設置されている。
        「あの位置にある監視カメラなら、石畳を通って玄関にたどり着いたヒトがいれば、確実に姿が映るはずでしょう?」
        「映像には何も映っていなかったのか?」
        「ええ、何も。この玄関を通って室内に入ったヒトは誰もいません」
         この家には裏口もない。
         残る出入り口は、残りひとつだけ。
         玄関を右回りで移動すると、砂利が敷き詰められ、隅に観賞用の笹が生えた小さな庭へとたどり着く。
         その庭に面する形で縁側が設けられていて、一面にワイヤー入りの窓が張られていた。
        「蒼井管理官、窓に傷つけられた形跡は?」
        「ありません。それに窓には防犯装置が仕掛けられていて、不用意に開ければ、防犯ベルが鳴ったはずです。出入り口があったとすれば、あの隙間だけですねぇ」
         蒼井管理官が指差した先を見ると、窓の右端の一部分だけが木目調となっており、下に小さな透明の扉がついていた。
         近づいてよく観察してみると、その扉は押すか引くことで開閉する構造のようだ。
         そこで、扉越しに私を睨みつけている存在に気付く。
        「……猫、か?」
         思わず疑問符がついてしまった。
         その理由は単純で、猫があまりにも大きいためだ。
         家の中から透明な扉を押して出てきたその猫は、柴犬の成犬ほどはありそうなサイズをしている。
         数十年生きてきた中でも、これほどの大きさの猫と遭遇したことはない。
         不可解な事件。非現実的な猫。
         すべてが繋がった――
        「まさかこの猫、伝説のネコマタの類いか……? 龍太郎を殺した犯人は、妖魔であったとは!」
        「いやいや違いますよ。ノルウェージャンフォレストキャットっていう、歴としたイエネコの一種です」
         蒼井管理官が巨大な猫を抱き上げつつ、言った。
         小柄な蒼井管理官が抱きかかえると、身体の半分ほどが猫で覆いかぶされ、その大きさが余計に際立つ。
         これほど大きなイエネコがいるとは、世界は広い。
        「ウチの実家でも飼っていたんですけど、見た目の大きさの割に人懐っこくて、最高に可愛いんですよ。運動も好きな子だから、外に出すのが大変ですけど」
        「なるほど。だから、猫が自分で外に出られるよう、窓に扉がつけられているのか」
         龍太郎とその奥方は、どちらも作家だ。
         執筆作業に集中している際に散歩へ連れ出す必要がないよう、猫用の扉を設けるのは自然な流れだろう。
        「しかし、あの他人にあまり興味のない男が、猫を飼うとはな」
         それも、わざわざ猫用の扉を作ってやるなんて、私の知るイメージとはかけ離れている。
         奥方の趣味だろうか。
         それとも、子どもができて変わったのか。
         どちらにせよ、昔からの変わりようが面白い。
        「そんな風に変わったお前を……目の前で笑ってやりたかったぞ」
         丁寧に作られた猫用の扉に触れながら、思わず口に出して言った。
         すると、そこで扉の付け根の部分に、奇妙な物が引っかかっていることに気付く。
        「これ、は……」
         引っかかっていたのは、1メートルはありそうな黒い毛髪。
         龍太郎は坊主頭、奥方もショートヘアだ。
         生き残ったという一人娘の髪の毛の可能性もあるが、偶然この付け根に引っかかることなど、ありえるだろうか。
        「違う」
         そうだ。
         龍太郎の娘が『狼男を目撃した』という話も。
         この猫用の扉に挟まっていた毛髪も、偶然ではないはず。
         この私、魔界探偵の役目は、警察ではたどり着けない未知の可能性を見つけ出すことだ。
        「蒼井管理官、この毛髪が猫用の扉に挟まっていた。犯人はこの扉を通って侵入した可能性が高い。至急、毛髪の正体を調べてくれ」
        「こ、この猫用の扉を!? いやー……私から言っておいてなんですけど、それは無理なんじゃないですかね。この大きさでは、赤ん坊くらいしか通れないですよ」
         先ほど調べた限りでは、扉の大きさは横幅が30センチ、高さが35センチ。
         確かに人間なら、赤ん坊程度しか通ることはできないサイズだ。
         しかし、だからこそ、私はその可能性を追求する。
        「逆を言えば、この扉を通ることのできた異質な者……『狼男』がいれば、その者こそが犯人だということではないのか?」
        「『狼男』、ですか。まさか本気で、そんな非現実的な存在の犯行だとお思いで?」
         訝しむように蒼井管理官が訊ねた。
         私の答えに、迷いはない――
        「蒼井管理官、キミたち警察は真っ当に捜査を進めればいい。
         だが私は魔界探偵として――『狼男』の正体を追うこととする!」
         この事件を解けるのは私以外にいない。
         探偵としての勘が、そう私に、囁きかけていた。
        ――第2幕へ続く


        IP属地:浙江4楼2021-05-28 21:47
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          ●第2幕『志崎未来』
           龍太郎の娘を預かっているという現場近辺の家を訪れると、思わぬ再会を果たすこととなった。
          「あ、あなた……まさか、魔界探偵さん?」
           玄関から顔を出したのは、エプロン姿の、髪の短い女性。
           一瞬困惑したものの、その特徴的なタレ目と太い眉を見て、かつての記憶が想起された。
          「もしや、志崎《しざき》くんか? 見違えたぞ」
          「ええ、志崎未来《しざき みく》です。お久しぶりですねぇ、最後に会ったのはいつでしたでしょうか」
          「確か、船上パーティーで偶然出会った時ではないか? キミと龍太郎とは、行く先々で出会ったものだな」
          「ああ、懐かしい! あの連続殺人事件は、大変でしたねぇ……龍太郎ってば、魔界探偵さんと推理で張り合っちゃって」
           事件と無関係な談笑をしばらく続いたところで、お互いにハッと本題を思い出し、二人で家の中へと入った。
           リビングで向かい合うように座り、志崎くんの淹れてくれた紅茶を一口喫する。
           茶葉の香りがよく立っていて美味い。
           いつぞやの事件で、雪山の寒さに凍えていた中、彼女に温かな紅茶を淹れてもらった時のことを思い出した。
          「……突然訪問してしまってすまないな。龍太郎の死は、幼馴染のキミにとってもショックであろうに」
          「い、いえ、捜査に必要なことなのでしょう? でしたら、いくらでも協力させていただきますよ。ただ、ブンちゃんはまだ……」
          「ブン……龍太郎の娘は、まだ話せる状態にないのか?」
           志崎くんが首肯を返した。
           蒼井管理官の話によれば、第一発見者は龍太郎の娘であったそうだ。
           娘はまだ六才だと聞いている。
           そのような歳で両親の遺体を目の当たりにしたショックは、計り知れない。
           無理に話を聞くのは、避けるべきだろう。
          「ブンは今どこに?」
          「2階の子供部屋で眠っています……ブンちゃん、見たことを正直に話したのに誰も信じてくれなくて、相当ショックを受けたみたいなんです。さっきまでずっと泣き続けていて、今はもう、何も言葉を発することができない状態です」
          「精神的な要因による一時的な言語障害か。凄惨な殺人事件では、少なからず起こることだな。ゆっくりと休ませるといいだろう」
           この障害を解消する方法は確立されていない。
           少女本人が心の整理をつける以外に、方法はないのだ。
           身内を殺された時は……“それ”が一番難しいのだがな。
          「ブンちゃんが落ち着くまで、私はあの子のそばを離れません……今の私は、彼女の担任として、それくらいしかしてあげられませんから」
          「そうか。キミは、龍太郎の娘の担任教師だったな」
          「はい、だから私が預かることになったんですよ。元々、家族ぐるみの付き合いでしたしね」
           そこで、リビングの壁に色鉛筆で描かれたと思われる、志崎くんの似顔絵に気付いた。
           塗りこそ拙いものの、輪郭や目鼻立ちや眉などは、非常に美しく再現されている。
           ただ、絵の脇に書かれた名前と思しき文字は、ミミズの這った跡みたいで、お世辞にも上手とは言えない。
          「もしや、アレは龍太郎の娘が描いたものか?」
          「そうですよ。とっても上手でしょう? ブンちゃん、お絵かきが大の得意なんです」
           自分のことのように自慢気に話す志崎くん。
           本当に子どもが好きなのだなと、声だけで伝わってくる。
           しかし、その絵には何だか妙な違和感を覚えた。
          「……子どもが描いたにしては、あまりにも正確すぎる」
          「え?」
          「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
           龍太郎の娘に関して、ひとつの可能性が生まれた。
           こちらは、また後ほど確かめることにしよう。
           今は、他に確認すべき事項がある。
          「現場に行って驚いたぞ。まさか龍太郎が、アレほど大きな猫を飼っているとはな」
          「ああ、羅生門ちゃんですか? 大きなぬいぐるみみたいで、可愛いですよねぇ……ノルウェー、なんとかという種類でしたっけ?」
          「確か、そのような名前だったな。初めから、アレほどの大きさだったのか?」
          「あー、どうでしたでしょうか。ちょっと昔のこと過ぎて……」
           それから他愛のない話をしばらく続けたあと、日も暮れてきたため、帰ることにした。
          「それにしても、龍太郎は志崎くんと結婚するものと思っていたから、初めて奥方を見た時は驚いたぞ」
           玄関口で靴を履きながら語りかけると、志崎くんは困ったように苦笑した。
          「はは、私からフってやったんですよ。龍太郎の身勝手さや暴走ぶりは、魔界探偵さんもよく知っているでしょう?」
          「そうだな。奴のそばにいる苦労を知っていればこそ、別の者を選びたくなる気持ちはよく分かる」
          「まぁ結局、龍太郎以外のヒトと結婚しても……出産のトラブルが原因で、長続きしなかったんですけどね」
          「……円満に続く夫婦の方が少ない。気に病まないことだ」
           そこで、素早く志崎くんの方を振り返り、その無防備な肩へと手を伸ばす――
          「志崎くん、肩に何か付いているぞ?」
          「え?」
           そして指先に挟んだものを、志崎くんのすぐ眼前でぶら下げた。
           1メートルはある長い毛髪を。
          「……誰かの毛髪だな。長さからしてキミのものではないが、知人のものか?」
          「えっ……え、ええ、きっとそうです。ご近所さんと一緒にお茶した時でしょうか? うっかりしていましたね」
           その声の上擦った返答を聞き、頭の中でぼやけていた真相のヴィジョンが、一気に鮮明なものとなる。
           私は毛髪を懐へ仕舞うと、再び志崎くんに背を向けて、扉へと向き直った。
          「邪魔してすまなかったな。龍太郎の娘が復調したら、また伝えて欲しい」
          「はい……もちろん」
           扉を開いて外に出る間際、志崎くんから返ってきた声は、かつてないほど冷たく感じられた。
           志崎くんの家の門を抜け、元の現場の方角へ早足で歩き出す。
           軽く額に触れると、自分でも驚くほど熱を帯びていた。
          「やはり、犯人は志崎くんか……だが問題は、どのように猫用の扉を通ったか、だな」
           私は先ほどの志崎くんとの会話の中で、とある罠を仕掛けた。
           それは事前の聞き込みで知った情報――『芥川家の猫を贈った人物が彼女だ』という事実を、知らないフリをしたこと。
           今回の犯行に猫用の扉が使われたのなら、その扉を作るきっかけとなった猫の贈り主――志崎くんが怪しい。
           ただ、確証はないので、カマをかけてみたのだ。
           もし彼女が犯人でないなら、猫の話題を振れば自然と「自分が贈った猫だ」という話題を口にするはず。
           かなり珍しい種類の猫をわざわざ贈ったのだから、この話題に食いつかない方が不自然というものだろう。
           結果は先ほどの通り。
           志崎くんは「自分が贈った猫だ」という事実を口にするどころか、猫についてあまり知らない素振りまでしてみせた。
           つまり彼女は、自分と猫の繋がりを知られたくなかったのだ。
           そしてダメ押しで、私自身の毛髪を例の猫用の扉で見つかった毛髪に見せかけ、「肩についていた」という引っ掛けまで設けた。
           反応は先ほどの通り。
           アレは明らかに、虚を突かれた動揺と、怒りの反応だ。
          「志崎くんは龍太郎の娘が生まれた記念に猫を贈った。ならば今回の殺人は、6年も前から計画されていたことになる」
           ――アレほど心優しかった志崎くんが?
           そんな悪魔のような計画を企てると、本気で思うのか?
           自分で言いながら、薄ら寒さを覚えた。
           普通に考えれば、ありえない。
           彼女の真意は分からない。信じたくない想いもある。
           だが、事実に即して考えれば、彼女が6年前から計画していた殺人を実行したと考える方が自然だ。
           私は魔界探偵として、この線を追う他に道はない。
           迷わず、携帯電話で蒼井管理官へと電話をかけた。
          「蒼井管理官、今回の事件の容疑者が浮上した。被害者の幼馴染、志崎未来の6年前から現在までの行動を洗って欲しい。それと、もうひとつ――」
           先ほど志崎くんの家で見た似顔絵を思い返し、もうひとつ、核心に近づくための依頼を口にする。
          「龍太郎の娘が過去に描いた絵を、調べて欲しい」


          IP属地:浙江5楼2021-05-28 21:51
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             その晩――私は再び志崎くんの家の前を訪れていた。
             ただし、普段の平服ではなく、潜入に適した全身黒タイツの状態で。
            「伝説の暗殺組織『暗殺教団』で用いられていたというコスチューム、やはり購入しておいて正解だったな」
             闇夜に溶け込む見事な純黒に、耐久性に優れながらも動きやすい材質。
             そして普段遣いにも適した、優れたデザイン性。
             何ひとつ欠点が見当たらない。
             私はまた、いい買い物をした。
            「これならば、囚われの姫君との逢瀬も容易いぞ」
             意を決して、潜入作戦を開始。
             まずは志崎くんの家の観察だ。
             2階建ての四角い外観で、実に機能的なデザイン。
             両親から正式に相続した一軒家であるようで、壁などに多少ヒビや汚れが見えるものの、十分に立派な作りだ。
             家の周りは、鉄製の塀で覆われている。
             塀に設置された門を抜けると、電子ロック式の扉が見える。
             仮に門を抜けられたとしても、家の中に入ることはかなわない。
             何より、志崎くんは昼間の一件で、警戒を強めたはず。
             監視カメラや防犯装置が設置されていると見て、まず間違いないだろう。
             故に選択肢はひとつのみ。
            「やはり、あの場所から潜入する他ないか」
             まずは門を乗り越え、玄関の周囲を確認する。
             入り口の扉のすぐ上に監視カメラが設置されていたものの、扉の前に立たなければ映らない。
             正面を避け、右回りで家の側面へと移動していく。
             側面には、美しい芝生の庭が広がっており、潜入におあつらえの小窓が見えた。
             しかし、小窓の上に監視カメラが設置されていて、庭に足を踏み込めば姿を観られることは明らかだ。
             ここまではすべて想定通り。
             庭には踏み込まず、ちょうど家の角に設けられた“とある物”へと近づき、触れてみる。
            「よし……この配管の強度、登るのに支障はない」
             二階から地面へと壁に沿って伸びた“配管”の強度を確認し、両手で掴んだ。
             あとは、ヨガで鍛えた握力でよじ登るのみ。
             配管を登り終えた先には、すぐ近くに小窓があり、鍵こそ閉まっていたものの、防犯装置などは見られない。
             密室解除用のワイヤーソーを使えば、外側から鍵を切断して窓を開くことなど、造作もなかった。
             ――今の私は完全に犯罪者だな。
             自分の行動の不審さを今更ながら嘆きつつも、家の中へと滑り込む。
             暗がりの廊下を目を凝らしつつ進み、龍太郎の娘が寝ているだろうと目星をつけていた、南側の部屋へと向かう。
             予想通り、その部屋のベッドで少女は眠っていた。
             龍太郎の奥方によく似た愛らしい顔つきに、龍太郎から受け継いだらしい黒髪のショートヘア。この国では確か、『おかっぱ』と呼ばれる髪型だ。
             早速起こして事情を聞こうと思ったが、部屋の違和感がどうしても気になって、周囲を観察してしまう。
             子ども部屋と思しきその部屋には、児童向けの本で埋まった本棚が並び、勉強机やぬいぐるみ、キッズサイズのピアノなど、子どもの喜びそうな品々が多数置かれている。
             子どものいる家庭ならば、ごく自然の部屋だろう。
             しかし、子どもがいないはずの志崎くんの家では、明らかにおかしい。
            「何だ、この部屋は……」
             もしかしたら志崎くんが子どもの頃に使っていた部屋かもしれないと思い、本棚の本の発行年度を確認してみた。
             同時に、違和感がハッキリと、悪寒へと変わる。
            「発行年度は、今から7年前……? まさか志崎くんは、龍太郎の娘が生まれることを知って、この部屋を?」
            「……!」
             息を飲む声がして向き直る。
             すると、龍太郎の娘がベッドから起き上がり、こちらを見ていた。
             ――しまった。
             つい調べることに集中しすぎて、本来の目的を忘れていた。
             まずは当初の計画に立ち返り、龍太郎の娘の信頼を得なければ。
            「安心してくれ、怪しいものではない」
            「……!!!」
             龍太郎の娘が枕を掴み、振りかぶった。
             警戒心が強い。
             例の言語障害で声が出せないようだが、出せていたなら大声で叫ばれていただろう。
             僥倖だ。
             神が私に味方してくれている。
             この好機を活かし、子どもを安心させる一言を口にしなければ――
            「私は……そう、ピーターパンだ。キミをネバーランドへ招待しに来た」
            「!!!!!!!」
             ――枕が私の顔面へと投げつけられた。
             同時に、ベッドから娘が飛び降りて、入り口へと駆け出す。
             マズい――ここで志崎くんを呼ばれたら、一巻の終わりだ。
            「私は、『狼男』の正体を追っている」
            「……!?」
             咄嗟に口にした言葉で娘が足を止め、私を振り返った。
             これ幸いと、私は正直に目的を語りかけていく。
            「私はキミの父親の友人だ。キミの両親を殺害したという『狼男』の正体を追っている。キミの力を借りたい」
            「…………」
             娘が訝しむような表情を見せながらも、私の言葉に耳を傾け続けている。
             よし。
             何とか、信頼を得るための第一歩は踏めたらしい。
             ところが、そこでまたひとつトラブルが起こる。
            「ブンちゃん? 大きな音がしたけど、大丈夫?」
             部屋の外から、志崎くんの声が聞こえてきたのだ。
            ――第3幕『魔界探偵』へ続く


            IP属地:浙江6楼2021-05-28 21:51
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              ●第3幕『魔界探偵』
               扉が開き、子ども部屋に志崎くんが入ってきた。
               ベッドから立ち上がっていた龍太郎の娘――ブンと顔を合わせ、明らかに警戒した顔で問いかける。
              「ブンちゃん、さっきの音は何? 何かあったの?」
               ブンはベッドの脇に置かれていたスケッチブックを開き、ペンで文字を書いていった。
               ――こわいユメをみて、ビックリして、マクラをなげちゃったの。ごめんなさい。
               その文字を見て、志崎くんは安堵の表情を浮かべる。
              「何だ……そうだったの。何もないなら、よかったわ」
               ブンのおかっぱ頭を優しく撫でて、小さな身体を抱きしめる志崎くん。
               その様子は、心優しい女性にしか見えない。
               だからこそ余計に、今の私には、その姿が不気味に見えた。
              「もし変な人影を見たら、すぐに先生を呼びに来てちょうだい。先生だけは、あなたの味方だからね?」
               ブンがうなずき、ベッドの中へ戻るのを見届けると、志崎くんは部屋から去っていった。
               それからしばらく時間を空けたのち、私は隠れ続けていたクローゼットの中から、音を立てないようゆっくりと外へ出た。
              「……助かったよ、ブン。信じてくれたことに、心から感謝する」
               ブンがベッドから身体を起こし、スケッチブックに文字を綴っていく。
               ――わたしは、なにをすればいいの?
              「話が早くて助かる。ブン、私からキミにお願いしたいことは、ひとつだけだ」
               私はスケッチブックを指差して、核心を告げた。
              「そのスケッチブックに、キミが見た狼男と、この家の中の絵を描いてくれ」


              IP属地:浙江7楼2021-05-28 21:52
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                 翌日、私は蒼井管理官も連れて、再び志崎くんの家を訪れた。
                 扉から顔を出した志崎くんの私を見る目は、昨日とは打って変わって、敵愾心が剥き出しで。自分が疑われていることを、明らかに察している。
                「二日続けてすまないね、志崎くん」
                「謝罪することはそれだけですか? 二階の窓の鍵が壊れていたのですが、心当たりは?」
                「窓の鍵が? それは、災難だな。しかし、私では力を貸せそうにない……申し訳ないな」
                 典型的な誘導尋問。
                 私が「窓の鍵が? 誰がやったんだ?」などと口にすれば、「誰かに壊されたとは言っていない」と主張し、こちらの罪を糾弾する側に回ろうという魂胆だろう。
                 伊達に数十年探偵を続けてはいない。
                 この程度の駆け引きは、数え切れないほど経験してきているんだ。
                「早速だが、本題に入りたい。リビングへ案内してもらってもいいかな?」
                「……ええ。どうぞ、こちらへ」
                 嫌々ながらも、志崎くんは蒼井管理官と私をリビングへ案内し、昨日と同じように紅茶を淹れていく。
                 その間に蒼井管理官に目配せをして、打ち合わせ通りに行動を開始した。
                「志崎さん、話を始める前に、お手洗いをお借りしてもいいですか?」
                「ええ、構いませんよ。お手洗いはこの部屋から出て廊下を左に行った先の、突き当たりにあります」
                「ありがとうございます」
                 蒼井管理官が部屋から出ていき、志崎くんと二人、テーブルを挟んで向かい合う。
                 紅茶を飲もうとする素振りだけ見せつつ、早くも本題へと切り込んだ。
                「単刀直入に言おう。自首をしろ、志崎くん。キミが芥川夫妻を殺害した方法は、既に看破している」
                「は、はい? いきなり何ですか? 意味が分かりません」
                「しらばくれても意味はない。キミは、6年もの準備期間を費やして、今回の犯行に及んだのだろう? 見上げた……いや、見下げ果てた殺意と執念だよ」
                 私の言葉に志崎くんが押し黙る。
                 まさか、私がここまで核心に迫っているとは思っていなかったのだろう。
                 この隙を逃さず、更に追及を続けた。
                「志崎くん、キミが今回の犯行を決意したきっかけは恐らく、7年前の龍太郎の結婚だろう。キミはずっと龍太郎のそばにいた。そんなキミにとって、龍太郎の結婚は何よりも耐えがたかったんだ」
                 語りつつ、懐から探偵デバイスを取り出し、一枚の写真を画面に映し出す。
                「同時期に、キミはこの写真の男性と、交際1ヶ月で結婚し、1年も経たずに離婚しているな? 男性はこう証言しているぞ。――全然俺のことを見てくれている気がしなかった、とな」
                「そ、それが何ですか? 運命の人だと思って結婚したけど、合わなかった……だから離婚した。それだけでしょう? よくある話じゃないですか」
                「ああ、よくある話だな。夫に内緒で死産届を提出した点と、離婚後に両親の元で療養していた点を除けばだが」
                「な、何でそれを!?」
                「『探偵同盟』と警察の調査力を舐めない方がいい。我が子の障害を知ったことをきっかけに、キミが不可解な行動を取り始めたことは、既に調べがついている」
                 事件の手がかりは6年前にあると踏んで、そこから現在に至るまでの志崎くんの行動はすべて調査済み。
                 その結果、腹の中の子どもの障害が発覚し、夫に無断で死産届を提出していたこと。その一件がきっかけで離婚となり、その後約1年間、人里離れた実家での療養期間があったことが判明した。
                 つまり、昨晩見たあの子ども部屋は、生まれてくる我が子のために用意されていたもの。
                 妊娠が判明したヒトの行動としては、決して珍しいことではない。
                「キミが初めての出産で悩み苦しんだ一方で、芥川夫妻は無事に出産を遂げ、絵に描いたような幸せを手に入れた……その残酷なまでの差が、キミという人間を完全に壊してしまったのではないか?」
                「し、失礼にもほどがあります……! 私が壊れたァ? ヒトをバカにするのもいい加減にしてくださいよ! 何を根拠にそんなふざけたこと――」
                「キミが出産祝いにあげた猫だ」
                「……!?」
                 志崎くんの言葉が止まった。
                 ようやく、昨日の会話で自分がカマをかけられていた事実に気付いたのだろう。
                「昨日キミはしらばくれていたが、あの猫がキミの贈り物であることは確認済みだ。キミはある目的のために、芥川夫妻に猫を贈ったのだろう」
                「も、目的なんて、何も……」
                「それは猫用の扉の設置だ。それも、通常よりも大きなサイズでかつ、外部と屋内を繋ぐものでなくてはならない。キミが贈った猫の種類――ノルウェージャンフォレストキャットは、その条件を満たしている」
                 幼馴染がそのような悪意を持ってペットを贈ったなど、気付けという方が無理な話だ。
                 あまりにも残酷過ぎる。
                「それからキミは猫が成長し、それに比例して猫用の扉が大きくなるのを虎視眈々と待ち続けた。そしてとうとう、犯行に及んだんだ」
                「バカじゃないですかァ!? いくらあの家の猫用の扉が大きめだからって、せいぜい30cm程度でしょ!?」
                 好機とばかりに話を遮る志崎くん。
                 もはや、かつての優しい顔など面影すらない邪悪な顔で、私を睨みながら叫び続ける。
                「人間がどうやって、そんな小さな隙間を通れるって言うんですかァ!? マジシャンだって無理ですよ! 無理無理無理! 何かトリックがあるっていうなら、教えてくださいよ!」
                「ああ……無理だな」
                 答えつつ、懐から一枚の紙を取り出した。
                 そこには色鉛筆で、髪と爪が異常なまでに長く、背筋が曲がり、肩の骨が異常に前へと突き出た状態の、獣じみた四足歩行の人間の姿が描かれている。
                 その絵を見て、サッと青ざめる志崎くんの顔。
                 自分の推理が当たってしまったか――と、ドス黒い感情が湧き上がるのを感じた。
                 正直、こればかりは当たって欲しくなかったのだが、現実はあまりにも残酷過ぎる。
                「無理だからこそ、キミは自分の手で生み出したんだろう? 僅かな隙間を通ることが可能な、『狼男』を」


                IP属地:浙江8楼2021-05-28 21:55
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                   ――ある国にかつて『纏足《てんそく》』という文化が存在した。
                   小さな足こそ美しいとされてきた当時の価値観に則り、女性の足を幼い頃から小さく折り畳んだ状態で固定し、その状態を維持し続けることで、異常なほどに小さな足を作り上げる。
                   現在では受け入れがたい価値観ではあるが、当時のその国の女性たちにとっては当たり前で、纏足ができない女性が嘲笑の対象になっていたほどだという。
                   しかし当然、骨格を歪めるその文化には苦痛が伴い、衛生面でも危険極まりないため、徐々に薄れていった。
                   現代において、そのような非人道的な文化を強制する者など、まず居ない。
                   居ないと、信じていた――
                  「魔界探偵、絵に描かれていた通りです。1階の隅に、地下室へと続く扉を見つけましたよ」
                   私と志崎くんの会話の途中で、リビングに蒼井管理官が入ってきた。
                   蒼井管理官の言葉を聞いて、ただでさえ蒼白していた志崎くんの顔が、完全に色を失う。
                  「中は確認できたか?」
                  「ええ、バッチリ……あの絵と瓜二つの子どもを発見しました。例の猫用の扉を通れるほど細身の、無惨な姿で」
                  「な、何ですか、それ! 私は知らないわ! これは、そう! 何かの陰謀よ……!」
                  「見苦しい言い訳はやめろ!」
                   こらえれ切れず、初めて大声をあげてしまった。
                   椅子から立ち上がり、志崎くんの元へ歩み寄りながら、追及を続ける。
                  「過去を調べる過程で、キミの家系についても知ることができた。キミは……『穢れた血』だと忌み嫌われた『死崎』の血筋なのだろう?」
                  「ど、どうして、そんなことまで……」
                   唖然とする志崎くん。
                   その痛ましい反応に躊躇が生じかけたものの、追及をやめるワケにはいかない。
                  「その反応、やはり事実だったか。ならば、あのような子どもを育て上げられたことも、納得できる」
                  「魔界探偵、一体どういうことなんです? あの絵は? 地下に閉じ込められていた狼男ちゃんは、一体何なんですか?」
                  「あの絵は龍太郎の娘、ブンが描いたものだよ。彼女は恐らく、先天的な病気で一度見たものを忘れることができないんだ」
                   蒼井管理官の問いかけに答えつつ、テーブルの上に置かれた、獣にしか見えない“狼男”の絵に視線を向ける。
                   昨日、この家で志崎くんの似顔絵を見た時の違和感の正体――それは、輪郭や顔の各パーツが、異常なまでに実物と似通っていることだ。
                   アレは、単に絵が上手いのではなく、正確な記憶を元に写し描き《トレース》したものだからだったのだろう。
                   だからこそ、絵は異様に上手いのに、子どもでは目にする機会の少ない自分の名前は書けないという、妙な事態が生じていたのだ。
                  「忘れることができないって、それは病気なんですか? とても便利そうですけど」
                  「知らないのも無理はない。だが『非常に優れた自伝的記憶《HSAM》』として、医療機関で研究の進んでいる、正真正銘の病気だ」
                  「あ、なるほど。昨日ホトケの娘が描いた絵を調べさせたのは、この病気にかかっているかどうかを確かめるためだったんですね」
                   蒼井管理官も察した通りだ。
                   私は、自分の気付いた可能性が正しいことを確認するために、過去にブンの描いた絵も調べてもらった。
                   結果は言わずもがな。
                   だからこそ昨夜、その記憶力に賭けて、狼男の姿と、狼男を匿っているであろう地下室の手がかりを、スケッチブックに描いてもらったというワケだ。
                  「そして、あの『狼男』の正体は恐らく、志崎くんの産んだ子どもだろう」
                  「え!? 志崎さんのお子さんは亡くなったんじゃ……」
                   蒼井管理官が意外そうな顔で志崎くんを見る。
                   志崎くんは焦点の合わない目で虚空を見つめるばかりで、こちらの話を聞いているかどうかも分からない状態だ。
                  「死産届は出ていたが、実際には産んでいたのだろう。離婚後、両親と同居していた期間にな」
                  「何でそんなことを……」
                  「自分の子どもの障害を受け入れられなかった……違うか、志崎くん。6年以上が経った現在でも、子ども部屋を処分できずにいるのが、いい証拠だ」
                   生気のない志崎くんの眼球が、ぎょろりとこちらを向いた。
                  「どうして……私ばかり、こんな目に遭うの? おかしいじゃない……がんばって、泣いて、苦しんで龍太郎の元から離れたのに! どうして娘まで私から奪うの!? こんなの、おかしいじゃない!」
                   椅子から立ち上がり、志崎くんが悲鳴のように叫んだ。
                   ようやく、彼女の本心からの言葉を聞けた気がする。
                  「何をどう抗っても不幸になるなら、龍太郎も道連れにしてやるって決めたの! パパも、ママも、そんな私を助けてくれて、“とっておき”の育成術を教えてくれたわ!」
                  「一体どうやって育てれば、あんな異様に姿に育つんですか……? 胸骨も背骨もひん曲がって、まるで四足動物みたいでしたよ」
                  「纏足の要領かもしれんな」
                   その単語で何となく察したのか、蒼井管理官の顔が青ざめる。
                  「恐らく、幼い内から包帯などで子どもの骨格を無理矢理に押さえつけ、成長を阻害したのだ。例の猫用の扉を通れるようにな」
                  「じ、自分の子どもに、あんな仕打ちを……!?」
                   私の言葉を肯定するように、ニタリと志崎くんが笑う。
                   多数の殺害現場に遭遇してきたはずの蒼井管理官が、隣で震え始めた。
                   それも当然の反応だろう。
                   フィクションの狼男よりも、よほど恐ろしい。
                   私自身、自分の導き出した真相を、信じたくなかったほどだ。
                  「先ほども言った通り、志崎くんは『死崎一門』……政府御用達の暗殺一家の血筋だ。子どもを暗殺用に育て上げる育成術が伝承されていても、不思議ではない」
                  「『死崎一門』ですか……警察内でも時おり話題にあがりますけど、都市伝説だとばかり思ってましたよ」
                  「ふふふ、私だってウソだって思っていたわ。私は他の子と何も変わらないのに、子どもの頃から周囲から疎んじられて……恨めしく思ってた。でも、追い詰められて、血が疼くのを感じて、悟ったの」
                   志崎くんが鷹揚に手を広げ、恍惚な顔で語り続ける。
                   その姿はあまりにも狂気的。
                   いや、“あからさま”なほど、悲劇的だ。
                  「ああ、私は本当に『穢れた血』だったんだ、って! だから迷いはなかった! どんなに恋い焦がれた相手を殺すとしても! 我が子を人殺しの怪物に育て上げたとしても――」
                  「狂人を演じるのはやめろ」
                   悲劇の舞台に酔ったセリフを遮った。
                  「さも血のせいで凶行に走ったという口ぶりだが、6年間も準備を続け、教師として働いてこられたのだから、十分に正常だろう。お前は自らの血筋に踊らされたのではない。自らの血筋を言い訳にして、理性を捨てただけだ」
                  「ち、ちが、違う……! 違う、違う、違う……! 私は、私は悪くない……全部、この身体に流れる、血のせいよ!!」
                   志崎くんが耳を塞ぎ、かぶりを振る。
                   その姿は痛々しく、身を裂かれる想いがしたが、言葉は止めない。
                   志崎くんの両肩を掴み、焦点の合わぬ双眸をしっかりと見据え、その罪を糾弾する。
                  「あの子どもの育成術は『死崎』の教えに従ったものかもしれない。だが、どれほど邪悪な術を知ろうとも、己を律せる者であれば道を外さないだろう」
                   私にも知り合いにも『死崎』の関係者がいるが、血の衝動に悩み苦しみつつも強く生きている。
                   だからこそ断言できる。
                  「人と魔とを分かつものは容姿でも、生まれでも、血でもない……その者が持つ“心”だ。私怨に狂う獣と化して、我が子の命を喰い荒らした貴様こそが、この事件を引き起こした犯人――『狼男』なのだ!」
                  「ああ、ああああ……あああああああああああ……」
                   うめき声のようなものをあげながら、志崎くんが椅子から床へと転げ落ちた。
                   ガリガリと髪を掻きむしり、目の焦点が完全に合っていない。
                   完全に錯乱状態だ。
                   旧知の友人の受け入れがたい末路。
                   事件を解決したというのに、胸にはやるせない感情だけが残った。
                  「……ぁ、さ、ん」
                   声が聞こえた方に視線を向けると、件の『狼男』が四足歩行で部屋へと入ってきた。
                   生まれてから一度も斬っていないのだろう、伸ばしっぱなしの髪に、伸びすぎてグルグルと渦を巻いた爪。そして異常なまでに歪曲し、普通に立つことすらままならない骨格。
                   同じ現代の人間とは思えないその有様を前にすると、私は神に救いを求めずにいられなかった。
                  「……ぁ、さ、ん」
                   同じうめき声を繰り返しながら『狼男』が、床で頭を掻きむしり続ける志崎くんへと近づいていく。
                   そして傍らにたどり着くと、血の気のない志崎くんの頬を、ペロペロと犬のように舐め始めた。
                  「……ぁ、さ、ん……おか、ぁ、さ、ん……」
                   ――母親を呼んでいる。
                   これほどの仕打ちを受けながらも、彼女にとってはやはり、大切な母親なのだろう。
                   しかし、志崎くんの耳には届かないのか、返事がない。
                   ブンが寝ていた子ども部屋を見ても、志崎くんは自分の子どもにどれほど愛を注ごうとしていたのか分かるというのに。
                   道筋を踏み外した今、この二人が普通の親子のように暮らすことは、決してない。
                   あまりにも悲劇的な結末であった。
                  「魔界探偵……ありがとうございます。あとは私たち警察で何とかしますから、ホトケの娘をこの家から連れ出してもらっていいですか?」
                   苦々しげな顔で蒼井管理官が言った。
                   流石は警官だ。
                   既に、私的な感情を頭の隅に追いやって、事後処理に入ろうとしている。
                   私は頭を下げると、二階の子ども部屋へと向かった。
                   扉を開いて、明かりのついていない暗がりの部屋の中で、ブンと対面する。
                  「……昨夜の協力、感謝する。キミの協力のおかげで、無事に『狼男』は逮捕することができた」
                   ブンの表情に悲しげな色が滲んだ。
                   きっと幼いながらに、自分の担任教師が犯人だということを、察していたのだろう。
                   事件は真相にたどり着いたが、彼女の物語は続く。
                   舞台上の演劇とは異なり、人生は悲劇的な運命をたどろうとも、生きていく他ない。
                   むしろ、大切なのはここからだ。
                   そして彼女を支える役割を担えるのは、龍太郎の親友である、私しかいない。
                   ――そろそろ、おしえてください。
                   ――あなたは、いったいダレなんですか?
                   スケッチブックに文字を綴って、ブンが問いかけた。
                   私は微笑みをたたえ、そんな彼女にそっと手を差し出す。
                  「昨日も言っただろう? キミを迎えに来たピーターパンだ」
                  「……バカ」
                   初めて声を発した少女の手が、私の手に重なる。
                   そして手を重ねたまま、壊れた窓から射し込む光で照らされた廊下を、二人で歩き出した。
                  ――END


                  IP属地:浙江9楼2021-05-28 22:02
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                    本篇小说主要介绍了魔界侦探为了查明老友先代文学侦探『芥川 龙太郎』惨死家中的真相,解决【狼男事件】的始末。这次事件也是魔界侦探与老友的女儿,未来的养女,二代文学侦探的初遇。


                    IP属地:浙江10楼2021-05-28 22:18
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